東京オリンピック名勝負⑥ 柔道女子63㎏級 ~柔の道の光と影~




柔道4日目は、男子81㎏級で永瀬貴規が前回のリオ五輪の雪辱を果たし、見事栄冠に輝いた。

一方、女子63㎏級では優勝候補の一角に挙げられていた田代未来が、2回戦で敗れる波乱が起こる。

本稿では、その女子63㎏級にスポットを当てていく

田代未来の敗退に思う

試合後、田代は「慎重になりすぎてしまった」と悔しがる。

前回のリオ五輪で準決勝と3位決定戦で連敗し、メダルを後一歩のところで逃したこともあり、今回の五輪では期するものがあった。
リオ五輪後は国際大会でも活躍し、世界選手権でも2018・2019年と2年連続して銀メダルをとるなど、不断の努力で着実に力をつけていく。
しかし、今年4月に左足首を怪我してしまい、本格的な稽古の再開が今月からになってしまった。

2回戦で敗退後、畳を降りてむせび泣き、涙が止まらない田代。
「必死にやってきたが、ただただ弱かった。今まで何をしてきたんだという気持ちです」
インタビューの質問に、号泣しながらも懸命に答える様子はあまりにも痛々しく、5年という時間の重みを感じずにはいられない。。

この田代の姿に、私は阿武教子という選手を思い出す。
彼女は世界選手権で4度優勝するほどの実力者であった。
そんな阿武は、アトランタとシドニー五輪で2大会連続して初戦敗退を喫してしまう。
ところが、阿武は三度目の正直と言わんばかりに出場したアテネ大会で見事優勝を果たしたのだ。

もちろん、簡単なことでないのは百も承知である。
だが、27歳の田代には、まだチャンスがあるのではないだろうか。

田代未来には、悔いなきよう柔道人生を全うして欲しい。

素晴らしき決勝戦

この階級の金メダルをかけた戦いは、スロベニア代表のトルステニャクとフランス代表アグベニューで行われた。
実は、前回のリオ五輪も両者による決勝戦だった。
いかに、この二人の実力が飛びぬけているかが分かるだろう。
ちなみに、その戦いはトルステニャクが制している。

ここまでの勝ち上がりを振り返ると、トルステニャクの経験豊富な戦いぶりもさることながら、アグベニューのスピードと破壊力が凄まじい。
57㎏級決勝で不運な判定に泣かされたシジクもだが、フランスの黒人柔道家は高い身体能力を生かした力強い柔道に定評があり、その瞬発力と技のキレには目を見張らされる。

いよいよ金メダルをかけた戦いが始まった。
オリンピックの決勝戦、階級きっての実力者、そして名裁きで知られる天野安喜子が主審を務めるという、これ以上ない舞台が整った。

スピード豊かな両者は序盤から、激しい中にも力強さを感じさせる動きで主導権を握ろうとする。
強敵相手に、トルステニャクもギアを上げてきた。
スピードに加え、力強さも兼ね備えているのが63㎏級の特徴だ。

立ち技だけでなく寝技もこなすアグベニューは、しつこく抑え込みを狙う。
だが、体幹が強いトルステニャクも、容易には抑え込ませない。
そのトルステニャクは、足技をみせつつ背負い投げで反撃する。
さすが実力者同士だけに、受けも強く決めきれない。

後半になると、アグベニューが少しずつ自分有利の組手にもっていく。
がっちりと道着を掴むアグベニューの圧力に、トルステニャクは押されだす。
苦し紛れの掛け逃げを連発するトルステニャクに対し、的確に指導を与える天野主審の名レフリーぶりが光る。
指導を2枚もらって後がないトルステニャクに、アグベニューは多彩な技をしかけていく。

何とかトルステニャクも凌ぎ、試合はゴールデンスコアに入った。
右を取って、得意の左奥襟から背中に持ちかえたアグベニューは、隅落としでトルステニャクを投げ捨てた。
開始4分37秒、技ありである。

アグベニューが雪辱を果たした瞬間だった。

リオ五輪では敗れたものの、直近では3連勝していた通りの結果となった。
横綱相撲ともいえるアグベニューの戦いは、頭一つ抜けている。

優勝が決まり嬉し泣きのアグベニューを、畳に横たわり仰向けのトルステニャクが下から優しく抱きしめる。
互いに一礼し、抱き合う両者。
すると、今度は勝者のアグベニューがトルステニャクを抱え上げ、健闘を讃えるではないか。
長年、ライバルとして鎬を削ってきた者にしか分からない世界を感じさせる。

名選手に名審判。
役者が揃う素晴らしき決勝戦であった。 

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