東京オリンピック名勝負⑭ 柔道混合団体 ~国の威信を懸けた戦い~ 前編





去る7月31日、東京オリンピック柔道混合団体戦が行われた。

オリンピックでは初めて採用された種目であるが、個人戦とはまた一味違った熱戦が繰り広げられる。

まさに柔道家たちの意地と誇りがぶつかり合う、国の威信をかけた試合となった。

混合団体戦とは

これまでのルールと変わったところもあるので、一応簡単に説明する。

男女3名ずつの合計6名が階級ごとに戦っていく。
男子の階級は73㎏級以下・90㎏級以下・90㎏超級となり、女子は57㎏級以下・70㎏級以下・70㎏超級となる。
出場できるのは個人戦の代表選手だけであり、それぞれの階級に該当する者は誰が出ても構わない。
極端な話、男子の73㎏級以下に60㎏級の高藤が出ることも可能である。

先に4勝したチームが勝ちとなるが、勝利の内容は問われず同価値となる。
つまり、一本勝ちだろうが優勢勝ちだろうが、1勝は同じ1勝ということになる。
問題は3勝3敗になった時だが、その場合は抽選を行い、選ばれた階級の代表戦で勝敗を決める。

日本チームの戦い

日本は初陣でドイツと戦う。
ドイツも強豪揃いであり、決して油断できない。
だが、日本は6人中5人が金メダリストという超豪華メンバーである。

まず女子57㎏級以下の試合が始まったが、個人戦で57㎏級に出場した芳田司ではなく、52㎏級の阿部詩が先鋒となった。
ここが団体戦の面白いところであり、1階級下の選手が出てくることもある。
通常は1階級違うと体格・パワーとも全く違うのだが、時には階級の壁を越えるほどの実力者の場合は有りうるのだ。

S級クラスの実力を誇る阿部だが、相手は57㎏級のストールであり今年の世界選手権でも3位となった強敵である。
だが、女子柔道界の中にあって、ボクシングでいうパウンドフォーパウンドと言っても差し支えない阿部ならば、問題なく勝つだろうと思っていた。
ところが、相手は組手も厳しく、並んでみると体格差もかなりある。
相手のパワーに押される場面もしばしば見られ、結局指導3つを取られ反則負けとなった。

そして、波乱はこれにとどまらない。
続く男子73㎏級以下で、あの大野将平が技ありを取られ不覚を喫したのだ。
日本は、いきなり2連敗の苦しいスタートとなる。

追い詰められた第3戦は女子70㎏級以下、新井千鶴の登場である。
阿部もだが、何よりも2015年以来国際大会負けなしの大野が敗れた動揺は計り知れない。

そんな嫌な流れを、新井は自分の柔道を貫き払拭する。
足技で技ありを奪うと、そのまま抑え込んで一本勝ちを収めた。
プレッシャーがかかる場面で見せた新井千鶴の気迫の柔道により、一気に流れが変わる。

第4戦は、男子90㎏級以下に出場した向が個人戦銀メダリスト・トリッペル相手に終始攻め続け、得意の背負い投げで技ありを決め勝ち切った。
個人戦での3回戦敗退の悔しさを、この正念場で晴らした向翔一郎、会心の勝利であった。

これで日本チームは完全に流れに乗り、女子70㎏超級の素根輝と男子90㎏超級のウルフ・アロンが勝利し、4勝2敗でドイツを破った。

準決勝はロシアとの対戦となった。
先陣を切った大野将平が、開始30秒足らずで浮技を決めて一本勝ち。
まるで初戦の憂さを晴らすように、後方へと投げ捨てる。
すると、日本は勢いづき、4連勝で圧倒した。

印象深い選手

今回の団体戦で、とても印象深かったのがモンゴル代表の二人の選手である。
本項では、その二人の選手に触れていく。

1. ツォグトバータル・ツェンドオチル

一人目が男子73㎏級のツェンドオチルだ。
この選手は個人戦準決勝で大野将平にゴールデンスコアの末に敗れたものの、キレのある技と高い身体能力で銅メダルを獲得した。

団体の初戦となる韓国戦で、同じ階級の銅メダリスト安昌林との激戦を制し、準々決勝進出の立役者となったのがツェンドオチルだった。
そして、続く準々決勝、敗者復活戦でも勝利し、3戦全勝で団体戦を終える。

特に、敗者復活戦で戦ったバントケは、準々決勝で大野を倒し波に乗っていた。
その相手にも多彩な技で攻め続け、最後はガッチリと組み合い王道の内股で仕留めたのである。

足技、背負い・巴投げ等々。
豊富な技とスピード豊かな柔道は、爽快感すら覚える素晴らしいものだった。

2. サイード・モラエイ

そして、もう一人がサイード・モラエイである。
元々はイラン国籍であったが国から圧力を受け、柔道を続けるためにモンゴル国籍を取得した苦労人の顔を持つ。
男子81㎏級決勝戦で永瀬貴規と死闘を繰り広げ、惜しくも銀メダルに終わったが、試合終了後のスポーツマンシップに多くの人々が称賛の言葉を送った。

そのモラエイ。
男子90㎏級以下で、準々決勝と敗者復活戦の2試合に出場した。
本来81㎏級で戦うモラエイだが、急遽参戦すると2試合とも勝ってしまう。

しかも敗者復活戦での相手は、個人戦90㎏級銀メダリストのトリッペルなのである。
先に2つ指導を取られる苦しい試合展開から、解説者が「一本でも良いのでは」と言うほどの肩車を決めて勝利した。
分かっていても技の態勢に入られたら最後、階級の壁を越え決められてしまう必殺技。
それが、サイード・モラエイの肩車なのである。

そして、準々決勝のロシアのイゴリニコフ戦も圧巻だった。
イゴリニコフはヨーロッパ選手権でも2度優勝経験がある強豪中の強豪であり、通常ならば1階級下の選手が太刀打ちできる選手ではない。

81㎏級では怪力を誇るモラエイだが、さすがに体格差もある90㎏級の実力者相手には力でねじ伏せることが出来ない。
やはりというべきか、イゴリニコフが出足払いで技ありを先取する。

だが、このオリンピックに人生を懸けて臨むモラエイは諦めない。
イゴリニコフの強烈な内股を必死に防ぎ、一瞬の勝機を窺っている。
残り1分、“伝家の宝刀”肩車が炸裂する。
見事にイゴリニコフを担ぎ上げると投げ捨てた!
技ありを取り返しポイントで並ぶ。

そして、再々にわたり肩車でイゴリニコフを脅かす。
1階級上の選手が同じ技を警戒しているにもかかわらず、あわやというピンチを迎えているのだから驚きである。

決着がつかず、ゴールデンスコアに入った。
イゴリニコフの強引な内股を、間一髪凌ぐモラエイ。
思わず力が入る好勝負。

まもなく開始5分になろうかというその時、イゴリニコフの内股に縺れ合ったまま空中に浮いたモラエイはその態勢のまま隅落としで切り返した。
技ありである!
恐るべし!モラエイの身体能力!

そして、次の瞬間、私は東京オリンピックで最も感動的な場面を目撃する。
サイード・モラエイは歓声に応えると、柔道着の左胸に縫い付けられたモンゴル国旗を誇らしげに指差したのだ。

柔道家としての人生を貫くために祖国を去り、紆余曲折を経てモンゴル代表として参加することができたオリンピックの夢舞台。
その恩義に報いることができた喜びと、モンゴルへの感謝の気持ちの表れだったに違いない。

私にとってサイード・モラエイこそ、今大会で最も心に残る選手となった。

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