東京オリンピック名勝負④ 大野将平 ~日本柔道の体現者~





7月26日、東京オリンピック柔道3日目が開催された。

女子57㎏級の芳田司は準決勝で接戦を落とすも、3位決定戦では得意の内股で会心の勝利をあげる。
小柄ながら、井上康生も絶賛する内股を武器に小気味良い柔道を貫いた。

男子73㎏級には、前回のリオ五輪において圧倒的な強さで優勝した大野将平が出場する。
その戦いは、五輪王者となった後の5年間の道のりを象徴する、厳しいものだった。

大野将平が見せた魂の柔道を振り返る。

大野将平とは

大野将平は、山口県山口市で1992年2月3日に生まれる。
オリンピック金メダリストである古賀稔彦や吉田秀彦も所属した講道学舎で研鑽を積み、世田谷学園高校から天理大学という柔道の名門校に進学する。

そして、先で述べたように、初出場の2016年リオ五輪で金メダルに輝いた。
しかも、その大野。
2015年以降、1度も国際大会で敗れていないのだ。
男子73㎏級の絶対王者と呼ばれるのも、むべなるかなである。

いや、大野将平は男子73㎏級にとどまらず階級の壁を越えて、歴代柔道家の中でも最強と謳われているのだ。
天理大学の先輩でオリンピック3連覇を成し遂げた野村忠宏は、早くから大野を絶賛していた。
また、日本柔道界のレジェンドである井上康生や篠原信一など多くの関係者が、心技体の全てにおいて大野こそ最強の柔道家であると語っている。

実は、私が彼を初めて見た時、無表情で無愛想な姿に少し違和感を覚えた。
だが、後に不動心を体現していたことを知り、己の不明を恥じるのであった。

大野将平の勝ち上がり

初戦を迎え、いつもどおり深々と一礼して畳に上がる。
開始1分39秒、危なげなく内股で一本勝ちを収めた。

2回戦も相手の技に反応して、抑え込んでの一本勝ち。
なかなか持たせてくれない相手にも、寝技できっちり決めてしまう。
まさに立ってよし寝てよしである。

準々決勝の相手は、リオ五輪で決勝を戦ったオルジョフである。
世界ランキング一位の強豪だが、内股と小内刈りで技ありを奪い、合わせ技一本で完勝した。
様々な駆け引きを用いる実力者相手にも、揺らぐことなき不動心には恐れ入る。

準決勝は初顔合わせのツェンドオチルということもあり、じっくりと腰を据えて戦う。
この選手はなかなかの身体能力の持ち主であり、大野相手にも決定打を許さない。
今大会初のゴールデンスコアに入るも、最後は技ありで切って落とした。
時間はかかったものの、全く慌てることなく決勝に駒を進めた。

決勝戦

大野将平に挑むのは、ジョージアのシャフダトゥアシビリである。
ここまで2戦して、いずれも大野が勝っている。

しかし、さすがオリンピックの檜舞台である。
いつも以上に気迫漲るシャフダトゥアシビリは、果敢に大野に向かっていく。
大野も反撃を試みるべく道着を持とうとするが、シャフダトゥアシビリは厳しい組手でそれを許さない。

試合開始から激しく動くシャフダトゥアシビリに対し、大野将平は無駄な動きはせずにジリジリと前に出る。
相手からすると小刻みに動かれるより、逆に圧力を感じることだろう。

時折、大野もいいところを持つが、そのたびにシャフダトゥアシビリは先に偽装気味に技をしかけて、攻撃を防いでいく。
指導がいってもいいように思うが、なぜか審判はスルーである。
それにしても、シャフダトゥアシビリは徹底的に大野の右を嫌うなど、研究の跡が窺えた。

両者決め手がないまま、ゴールデンスコアに縺れ込んだ。
相変わらず、シャフダトゥアシビリは組手を嫌いながらも、足技を出し牽制していく。
だが、大野は構わずプレッシャーをかけ続ける。

開始から6分半が過ぎても、シャフダトゥアシビリは盛んに攻撃の姿勢を見せた。
体力的には限界に近づいているにもかかわらず、金メダルへの思いが体を突き動かす。
その執念が実り、ここで大野に2枚目の指導がいく。
あと1回、指導がいくと反則負けになるピンチを迎えた。

しかし、これでスイッチが入ったのか、大野が攻勢をかける。
徐々に、いいところを持てるようになってきたが、さすがに疲労の色が濃く決めきれない。
まさに互いの体力を削り合う、消耗戦の様相を呈してきた。

そんな中、開始8分20秒、大野が十分な組手から必殺の大外刈りを放った。
崩れ落ちるシャフダトゥアシビリ。
誰もが完全に決まったと思った瞬間、シャフダトゥアシビリは懸命に腹ばいになって逃れた。

疲労困憊になっても精神の力のみをもって戦う両雄。
キツイはずなのに心の強さで表情の下に押し隠す大野にも、絶体絶命の状態でも決して諦めないシャフダトゥアシビリにも、敬意を払わずにはいられない。

滴る汗もそのままに、大野将平はシャフダトゥアシビリを視界に捉えて前に出る。
ガッチリと右で奥襟を掴んだ刹那、気合一閃、支釣込足を放った。
すると、シャフダトゥアシビリの体は勢いよく畳の上に叩き付けられる。

その瞬間、審判が技ありを宣告し、大野将平の金メダルが決まった。
開始から実に9分26秒の死闘であった。

優勝が確定した後も、一瞬だけ気合がほとばしった表情になるが、畳の上では平常心を保ち続ける大野将平。
我慢比べに勝った克己心に、魂を揺さぶられる。

互いの健闘を讃え合う大野将平とシャフダトゥアシビリ。
そして、大野将平は、しばし武道館の天井を仰ぎ見た。
最後に、試合会場に深々と礼をする。
美しい所作の一つひとつが胸を打つ。

大野将平が勝利の後に、ガッツポーズをしないのには訳がある。
勝者あるところに必ず敗者あり。
その敗者の前でガッツポーズをとることは、失礼にあたるという信念を持つからだ。

それにしても、シャフダトゥアシビリも見事であった。
彼の頑張りなくして、この名勝負はありえない。

まとめ

阿部一二三と大野将平。
二人とも、間違いなく天賦の才に恵まれている。
阿部一二三の凄まじいまでの技のキレ。
大野将平も、技の切れ味では全くひけをとらない。

だが、大野将平には技の鋭さや強さとういう概念は、あまり意味を持たないように感じる。
なぜならば、大野将平はそれらを超越し、柔道家としての理想の境地に到達したように思えるからだ。

なによりも、大野将平の優勝後のコメントは我々の心に深く刻まれた。

「正しく組んで、正しく投げる」
この言葉を座右の銘に、頂を見つめ続ける大野将平の佇まい。

日本柔道の魂を体現する求道者は、「武道の聖地」日本武道館でオリンピックを連覇した。

P.S 偉大なる「オリンピック王者」大野将平のコメントを掲載する。

「リオ五輪後の苦しくて辛い日々を凝縮したような1日の戦いでした。(試合後に武道館の天井を見つめていたのは)自分も29歳というベテランになってきたので、この武道の聖地で戦うことも残り少ないことを理解しています。だから、この景色を目に焼き付けておこうと思いました。(オリンピックに臨むにあたって)自分の中では、去年から不安でいっぱいの日々を過ごしてきたこともあり、悲観的な思いしかありませんでした。(その日々が)この1日で報われたとは思っていません。私の柔道人生は、これからも続いていきます。今後もさらに自分を倒す稽古を継続していきたいです。後半は厳しい戦いが続き、オリンピックという場で理想を体現することの難しさを感じました。私自身まだまだと思いました。私の歩んできた柔道人生の道が講道学舎、天理大学というあり、前回の東京オリンピックと非常に縁があり運命を感じました。それが一番のモチベーションとなって1年の延期も乗り越えることができ、今日までやってこれたと思います。(オリンピック開催に対して)賛否両論あることは理解しています。ですが、我々アスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば光栄に思います。まだ男女混合の団体戦がありますので、そこまで気を引き締めて取り組みたいと思ってます。ありがとうございました」 

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