北京オリンピック名勝負⑨「スノーボーダー」平野歩夢 ~大志を抱く挑戦者~




北京オリンピック・スノーボード男子ハーフパイプで、平野歩夢が今大会日本人2人目となる金メダルを獲り、悲願のオリンピックチャンピオンに輝いた。
それは、「ハーフパイプ史上最高のラン」と絶賛される歴史的な滑りであった。

これで、平野はソチ、平昌に続くオリンピック3大会連続でのメダル獲得となる。



SWITCH Vol.37 No.6 特集 平野歩夢 二十歳の地図

驚異の技術・精神力

平野歩夢は15歳で初出場したソチで銀メダリストに輝いた。
これは日本の冬季五輪史上最年少でのメダル獲得となる。
続く、平昌では“スノーボード界のレジェンド”ショーン・ホワイトとのオリンピック史に残る名勝負の末、惜しくも銀メダルとなった。

そして、迎えた北京大会、スノーボードの世界に疎い私は、平野歩夢が断然の金メダル候補だろうという認識しかなかった。
だが、実際は、そう単純な話ではなかったことを後から知る。

平野はスケートボードでも、夏季オリンピックの代表選手に内定していた。
平野としては、東京オリンピックまではスケートボードに力を入れ、その後スノーボードに集中し五輪本番に照準を合わせるつもりだった。
ところが、2020年に開催予定だった東京オリンピックが、新型コロナの影響で1年延期されてしまう。
これにより、北京オリンピックまでの準備期間が約半年しか無くなってしまった。
こんな背景の中での、オリンピック出場だったのである。

しかし、平野はそんな杞憂を吹き飛ばす、驚異のパフォーマンスを披露する。
2回目の試技で、大技トリプルコーク1440を含む人類史上最高難度のランを決めたのだ。
誰もが、平野のトップを確信した。
にもかかわらず、首位に0.75点差及ばず91.75点の暫定2位となる。
この採点に現場のスノーボード会場ではブーイングが鳴り響き、アメリカの解説者は我々日本人以上に怒りを滲ませた。

もちろん、一番納得がいかないのは、平野歩夢自身であることは言うまでもないだろう。
しかし、私が平野歩夢に驚かされるのはここからである。
なんと、最後の3本目、同じ構成内容で挑むと、またもや圧巻のパフォーマンスを再現してみせたのだ。

縦3回転・横4回転というトリプルコーク1440を含む平野が挑んだ試技内容は、前述したように平野しか成功させたことのない人類史上最高難度を誇っている。
平野も1回目では失敗しているように、そう何度も完璧にこなせるものではない。
事実、平野も「2回目のルーティンは自分の中でもMAXだったので、2回同じことに挑んでも続けて出来るかは賭けだった」と後述している。

理不尽な点数に憤怒の気持ちを抱え、自分の能力の限界に連続して挑むという高き壁を目の前にしながら、平野歩夢はラストチャンスの3回目に最高のランを目指すことに切り替える。

「多くの方々があの採点に納得がいってなかったと聞いたが、自分もなぜなのか理由を説明して欲しいと思った。だが、点数が出てしまった以上、そこで何をしようと結果を変えることはできない。次、自分が何をすべきかということに集中した」

私は、この平野歩夢のコメントに深い感銘を受けた。
挑戦する技の難易度が高いほど、成功した後の喜びは大きい。
だが、自信をもってやり抜いたパフォーマンスが正当に評価されなかったとき、挑んだものが難しければ難しいほど落胆の度合いは大きくなる。
ましてや、五輪という檜舞台で初の金メダルを目指しているのである。
通常ならば、怒りと動揺が渦巻く心を宥め、己がなすべきことに集中するのは、平野が挑む最高難度のランと甲乙つけがたいぐらい難しいのではないか。

ところが、平野歩夢はそれをやりのけたのだ。
技術だけでなく、その心の強さに感動する。

そんな平野歩夢だから、“伝説のスノーボーダー”ショーン・ホワイトも心からの称賛を送るのだろう。
試合後、ショーン・ホワイトと平野歩夢が互いの健闘を讃え、抱き合う姿はとても美しい光景だった。
「素晴らしい滑りだった。今度、一緒に滑りに行こう」というショーン・ホワイトの言葉も感動を誘う。

今大会で引退を表明しているショーン・ホワイト。
偉大なる王者はたしかに次世代へとバトンを渡し、平野歩夢は名実ともに王者の系譜を受け継いだ。

平野歩夢に教えられた挑戦の意義

平野歩夢は上述のようにスケートボードでも、オリンピック出場を果たしている。
「スケートボードがオリンピックの正式種目になった以上、スルーするわけにはいかない」と挑戦の意を表明すると、本当に代表権を獲得してしまった。
一見すると同じような競技に見えるが、実際は似て非なるものだという。
それでも、本業のスノーボードと並立させてしまうのだから畏れ入る

実は、平昌オリンピックを翌年に控えた2017年3月には試合中にバランスを崩して落下し、左膝靱帯に加え肝臓も損傷する、全治3カ月の大怪我を負ったこともあった。
それは、あと1㎝ずれていたら、命にかかわっていたかもしれないほどの重症だった。
さすがの平野も心が折れかけたという。
だが、「体を動かすことができない時だからこそ、できることをしよう」と、自分の滑りをビデオで見ながら研究を重ねた。
今できる最善を尽くす平野のマインド。
そして、何よりも死の危険に遭いながら、前人未踏の“トリプルコーク1440”に挑む平野歩夢の勇気に感銘を受ける。

命懸けの競技に全身全霊を注ぎ、スノーボードだけでなくスケートボードという新たな挑戦にも身を投じた、平野歩夢を駆り立てるものは一体何なのだろう。

「何事もやり始めることは、簡単なことじゃない。けど、やり始めない限りは、なかなか自分も変わらないと思う。こうなってみたいと思う瞬間は、誰もが経験したことがあるのでは。そこには年齢・時間はあまり関係ないと思うんです。みんなにも挑戦した後の景色を見て欲しいなって気持ちがあります。怖がらずに地道にやってもらいたいですね」

困難に挑まなければ、経験できないことがある。
その場所に立たなければ、見えない景色がある。
平野歩夢の言葉に、私はそんなことを感じた。

だからこそ、平野歩夢はまだ見ぬ地平を目指し、挑戦し続けるのではないか。
私はこの平野歩夢のマインドに、羽生結弦の挑戦する姿が重なった。
諦めない心の強さ、そして志の高さに深い感銘を覚えるのだろう。

平野歩夢の「みんなにも挑戦した後の景色を見て欲しい」という言葉。
心に沁みたのは、私だけだろうか。
実践者が語る言葉は、いつも深く重い。

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