2月5日、北京オリンピック大会2日目。
本大会における日本人メダル第1号が誕生した。
モーグル男子で、堀島行真(いくま)が銅メダルを獲得したのである。
それは、オリンピック史に残る激闘の末に手に入れた、珠玉のメダルだった。
Number(ナンバー)1046号 完全保存版 北京五輪熱戦譜
モーグル男子
戦前の予想
2017年、堀島行真は弱冠19歳で初出場の世界選手権を制覇する。
以後、ワールドカップ通算11勝をマークし、今大会でも金メダルを有力視されていた。
順風満帆に見える堀島の競技人生だが、大きな期待を集めた平昌オリンピックでは11位に終わる。
その平昌オリンピックで金メダリストに輝いたのが、ミカエル・キングズベリーだった。
ワールドカップ通算71勝をあげるなど、伝説の絶対王者として誰もが認める存在である。
今回の五輪では、この両者の一騎打ちと目されていた。
何しろ今期のワールドカップ9戦中、キングズベリーの6勝、堀島が3勝と両雄で勝利を独占しているのだ。
否が応でも、そうした雰囲気が醸成されていった。
歴史に残る名勝負
ワールドカップ9戦全てで表彰台に上がるなど、堀島は安定感において他の追随を許さない。
ところが、その堀島が予選2回目でようやく突破したように、苦戦を強いられる。
これが、オリンピックの怖さなのだろうか。
しかし、徐々にコースにアジャストし、尻上がりに調子を上げていく。
決勝2回目で堀島は3位に入り、2位はキングズベリー、1位にウォールバーグという結果となり、彼らを含めた6名が最終決戦に駒を進めた。
そして、勝負の決勝。
次々と、高得点を叩き出していく選手たち。
堀島は4番滑走者として登場する。
それまで、堀島は走破タイムに25秒以上かかるなど、やや慎重さが窺えた。
ところが、決勝の大一番を迎えると最後まで攻めの姿勢で通し、23秒86の最速のタイムでゴールを駆け抜けた。
途中、ターンでバランスを崩しかけるも、さすがの修正力で立て直す。
執念で跳んだエアも、きっちり降りた堀島行真の精神力には脱帽だ。
ゴール下で、人事を尽くした堀島は得点を待つ。
すると、本日初の80点超えとなる81.48点でトップに立った。
これでメダルが確定した。
そして、次は本命キングズベリーの出番である。
序盤から、精密機械のようなターンを決めていく。
高難度エアも確実に決めていく絶対王者。
盤石を思わせる滑りで試技を終えるも、唯一の気がかりはタイムが25.02秒だったことである。
堀島より1秒以上遅いのだ。
痺れるような緊張感の中、82.18点と得点がコールされた。
わずか0.7点、堀島を上回った。
これで金メダルの趨勢は決まった!と誰もが思った次の瞬間、筋書きのないドラマが待ち受けていた。
最終滑走者ウォールバーグがスタートする。
オリンピック決勝のオーラスに滑るプレッシャー。
まだ21歳の若者ならずとも、計り知れない重圧に押し潰されるのが普通だろう。
ところが、この青年は決勝2回目と同様、不退転の決意で難コースを攻めていく。
一歩間違えば、ケルベロスの顎のように、転倒という罠が口を開けて待っている。
そうなれば、金メダルどころか表彰台も忘却の彼方に消え去ってしまう。
だが、なおも攻撃的な滑りを貫き通すウォールバーグ。
その豪快な滑りに、私はアルベルト・トンバを思い出す。
種目こそ違うが、アルペンスキーで一時代を築いた“イタリアの爆弾男”ことトンバ“ラボンバ”も大舞台で無類の勝負強さを発揮し、ここ一番では決して守りに入らなかった。
圧巻のパフォーマンスでゴールすると、堀島の神速のタイムを上回る23.70秒と表示されているではないか!
ターン・エアとも素晴らしく、俄然金メダルの行方は分からなくなった。
固唾を呑む選手たち。
なんと!83.23点でウォールバーグに凱歌があがった!
こんな素晴らしい試合は、滅多に見られない。
それも、オリンピックという最高の舞台でだ!
三者三様に死力を尽くした、最高のアスリートたち。
惜しくも、いや、見事な銅メダルを獲得した堀島行真。
前回のオリンピックの雪辱を果たし首から下げるメダルは、今大会の日本が獲得した最初のメダルとなった。
この価値あるメダルが、第1号を飾ったことが誇らしい。
ウォルター・ウォールバーグ、ミカエル・キングズベリー、そして堀島行真が繰り広げた名勝負。
その戦いは、モーグルの歴史にしかと刻まれた。