北京オリンピック大会3日目は、ジャンプ男子ノーマルヒルで小林陵侑が金メダルの栄冠に輝いた。
日本にとって今大会金メダル第1号となる。
フィギュアスケート団体でも、鍵山優真のパーソナルベストを大幅に上回る活躍もあり、日本は3位につけ悲願のメダルを狙える位置につける。
また、女子モーグルでは優勝候補に挙げられた川村あんりが善戦したが、惜しくも5位となった。
Number(ナンバー)1046号 完全保存版 北京五輪熱戦譜
ジャンプ男子ノーマルヒル
日本の金メダル第1号を目指す小林陵侑が、ジャンプ男子ノーマルヒルに登場する。
1本目、不利な追い風の影響で上位陣が総崩れする中、スタートする小林陵侑。
追い風という難しい条件に加え、会場を支配する嫌な流れをものともせず、会心のジャンプで首位に立つ。
不利なコンディションを意識するあまり、ほとんどのジャンパーが肩に力が入る中、小林は必要以上に力むことなく高い技術で対応した。
さすが、優勝候補といわれるだけのことはある。
2本目も、相変わらずの追い風も何のその、いつも通りの飛行で着地も決め、船木和喜以来24年ぶりとなるジャンプ個人戦の金メダリストに輝いた。
今大会の金メダル第1号である。
それにしても、小林のジャンプは全く力みがなく、飛行中の態勢もブレることなく美しい。
世界がお手本にするジャンプと謳われるのも、納得である。
小林は1本目を終えた後のインタビューで、「2本目は緊張すると思う」と話していた。
その言葉を聞き、私は何となくイケそうな気がした。
オリンピックの決勝で暫定首位に立ち、最後に飛ぶとなれば、緊張するなというのが無理な相談だ。
変に構えずに、自然体で勝負に挑む姿勢に好感が持てた。
師匠の葛西紀明の銀メダルに続き、金メダルを獲った小林陵侑。
師弟での金と銀という、素晴らしい快挙に日本中が歓喜した。
フィギュアスケート団体
女子ショートプログラム
ここまで4位の日本は、予選最後となる女子ショートプログラムに樋口新葉を起用する。
決勝進出の命運がかかる大役だ。
試合前、初のオリンピック出場ということもあり、樋口は緊張の色を隠せない。
ところが、いざリンクに立つと、初出場とは思えぬ落ち着いた演技に終始した。
冒頭のジャンプはトリプルアクセルの予定であったが、ダブルアクセルに変更し余裕を持って着氷する。
「自分のためではなく、みんなのために滑りたい」
その思いを胸に演技する樋口は、団体戦で失敗のリスクを冒すことはできなかったのだろう。
最初のジャンプを決めたことにより、樋口の滑りは波に乗る。
3回転ルッツ&3回転トウループのコンビネーションジャンプを決めると、スピン・ステップでもレベル4をとっていく。
最後のジャンプもクリーンに跳び、ノーミスでフィニッシュする。
この種目で2位となり、日本を3位に押し上げた。
キス&クライで待つ樋口は、思わずホッとした笑顔が綻んだ。
ショートプログラムで、1位となったのがロシアのカミラ・ワリエワである。
まだ15歳の彼女は、今年シニアデビューを果たしたばかりだ。
だが、欧州選手権のショートプログラムで世界最高得点となる90.45点を出すなど、もはや敵なしの様相を呈している。
品の良い紫色の衣装を纏ったワリエワは、160㎝の身長以上に手足が長く見える。
曲に合わせて優雅に滑り出すと、タノジャンプでトリプルアクセルを跳んでいく。
それはジャンプというよりも、スケーティングの流れの中に溶け込んでいる。
腕だけでなく指先までも、神経が行き渡るしなやかな動き。
ジャンプ、スピン、ステップ、スケーティング。
素人目にも、全ての要素が他の選手とは質が違うことが見て取れる。
幼い頃からダンス・体操を習ったワリエワは、フィギュアスケートに必要な素養が全て備わっている。
完璧としか思えない演技は、あっという間に終わってしまった…。
正直、あと30分は観ていたかったのだが。
実は、私はワリエワの演技をフルで観たのは初めてである。
グランプリシリーズでは、彼女の出た試合をたまたま見逃していた。
初めて観るワリエワの滑りは、一言でいえば異次元である。
グラップラー刃牙ふうに喩えるならば、「フィギュアスケートを終わらせた少女」であろうか。
これまで、きちんと彼女の演技を見なくて心底良かったと思った。
なぜならば、オリンピックという最高の舞台で至高の二文字を体験できたからである。
私は平昌オリンピック以降に観た中で、最も芸術性の高い滑りをする選手は羽生結弦だと思っていた。
だが初めて、羽生結弦以上にしなやかな動きをする選手を見た気がする。
その選手が、まさか15歳の少女だとは…。
GOEを確認すると、ジャンプ全てが+4前後、スピン・ステップでは+4の半ば~後半の演目が2つ、満点の+5が2つという結果だった。
技術点51.67、演技構成点は40点満中38.51点の合計90.18点で、ワリエワは断トツのトップとなった。
この演技で世界最高得点を更新できないことが、バビロンの空中庭園顔負けの世界七不思議である。
コンビネーションジャンプだけは少しだけスムーズさに欠けていたように思うが、残りの6つのエレメンツはどこに減点要素があるのか…俄かファンの私には分からない。
どうせなら満点にしたらいいのに…と苦笑いしか浮かばない。
素人の私にもよく分かる、解説の鈴木明子の言葉を借りる。
「難しいことをしているのに簡単にしか見えない。演技のどこを切り取っても美しい。ジャンプもほとんど構えずにスムーズに跳んでいき、着氷するとき氷についていない片方の足がつま先まで伸びている。ジャンプを降りた直後から流れを止めることなく表現が始まっている」
要するに、ワリエワの演技はジャンプの時でさえ、シームレスということなのか。
カミラ・ワリエワのニックネームは“絶望”だという。
ライバルたちは彼女の演技を見て、切望するからである。
だが、あえて訂正したい。
ワリエワは、フィギュアスケートの新しい時代を切り拓く“希望”なのだと。
男子フリープログラム
この種目は、鍵山優真しかないだろう。
オリンピックデビューだというのに、自身初となる200点越えの滑り。
新ルールになってから、200点を越えたのはネイサン・チェンと羽生結弦の二人だけである。
これまでよりもプログラムの難度を上げ、4回転ジャンプを4本入れる構成にした。
この大会のために用意した4回転ループのみが若干ぐらつくも、それ以外のエレメンツはミスらしいミスがなかった。
ほとんどのジャンプにも、+3以上の加点がついている。
12個もあるエレメンツのフリープログラムで、ほぼノーミスで滑ることは不可能に近い。
しかも鍵山のプログラムは、高難度の構成なのだ。
演技構成点でも100点満点中92.44点という高得点をマークした。
鍵山優真ならではの柔らかく滑らかな滑りが評価を受けた形となる。
結局、208.94点という驚異のレコードを叩き出す。
この点数を出されると、ネイサン・チェンと羽生結弦もノーミスの演技を要求される。
日本の団体戦に弾みをつけると共に、俄然男子シングルの優勝争いが分からなくなった。
女子モーグル
モーグル女子に出場した17歳の川村あんりは、決勝に進出するも5位で終えた。
3位まで僅か0.6点という僅差で表彰台を逃したが、メダルをかけた勝負のレースでも守ることなく果敢な滑りを見せる。
点数だけが伸びない結果となったが、プレッシャーの中で本当によく頑張った。
レース後に、自身が語った「あきらめない姿を伝えたかった」という、言葉そのままの素晴らしいレースを展開した彼女には、ぜひとも胸を張ってほしい。
まとめ
大会3日目は、大会第1号となる金メダルに沸く一方、惜しくもメダルを逃す悔しい種目もあった。
だが、見ていて思ったのは、敗れたとはいえ17歳の川村あんりの攻めの姿勢は素晴らしかった。
そして、フィギュアスケート団体では、15歳のカミラ・ワリエワと18歳の鍵山優真の演技は、世界をあっと言わせるものだった。
彼ら、彼女たち10代の若者は、結果ではなく内容でスポーツの素晴らしさを伝えてくれた。
自らの青春をかけ、競技に真摯に向き合う10代のアスリートたち。
新しい時代の扉は確実に、若い力によって開かれた。
P.S その後、ワリエワにドーピング違反が発覚してしまった…大変残念である。
周りの選手を“絶望”させてきたワリエワ自身が、“絶望”に喘ぐとは…。
私見になるが、ワリエワは女子シングルに出場すべきではなかっと思う。
だが、私は団体予選で見せた彼女の美しい演技を忘れることはない。