“マーベラス”マービン・ハグラー ~世界中のボクサーが敬意を表したミドル級の帝王~⑥




第2章 偉大なる王者

“スーパーエクスプレス”シュガー・レイ・レナード戦
(1) 不俱戴天の敵

ジョン・ムガビとの戦いをリング下から虎視眈々と窺い、「機は熟した」とほくそ笑む男がいた。
その男の名をシュガー・レイ・レナードという。
トーマス・ハーンズとのタイトルマッチを死闘の末に制したが、試合後網膜剥離が発覚し引退。
その後、1度カムバックを果たし勝利を収めたものの、格下相手にダウンを喫するなど不甲斐ない試合運びに自信を喪失し、再度引退を表明していた。

現役を退いてから、たびたびハグラーの試合を解説していたが、とても勝てる相手とは思えなかった。
しかし、ムガビとの戦いを観察していたレナードの目には、はっきりと衰えたハグラーの姿が見てとれた。
追い足の衰えが顕著だったのである。

元々、“スーパーエクスプレス”の異名を取るレナードは、フットワークとスピードには絶対の自信があった。
なので、翳りが見えたハグラーでは自分を捕まえきれないと確信したのである。

一方で、ハグラーにとってもレナードは追い続けた“太陽”であった。
「俺はハングリーなだけでなく、アングリーだ」という彼の発言は自らへの不当な評価と共に、レナードに対する怒りにも似た気持ちが言わしめたのであろう。

シュガー・レイ・ロビンソン、モハメッド・アリの系譜を継ぐシュガー・レイ・レナードは、彼らと同様カリスマ性に満ち溢れ、華やかなボクシングスタイルと派手なパフォーマンスで不動の人気を誇っていた。
長らくリングから遠ざかっていたとはいえ、レナードこそ“ボクシング界の果実”を独占してきた存在だったのである。

派手な言動を好まず、愚直なまでに強さだけを追い求めたハグラーからすると、レナードの振る舞いは我慢ならなかった。
自らの手で倒すことを悲願にしていたが、レナードは網膜剥離で引退してしまったこともあり、戦うことを諦めていたのである。

しかし、ハグラー対ムガビ戦の後、レナードは現役復帰を示唆し、ハグラーのミドル級王者への挑戦を表明するのであった。

(2) リング外の駆け引き

ハグラーの次なるタイトルマッチとしてはトーマス・ハーンズとの再戦なども候補に挙がっていたが、急遽レナードが挑戦への意思表示をしたことにより一気に流れが傾いた。
レナードだけでなく、チャンピオンのハグラー自身もレナードとの対戦を渇望していたことも要因であろう。
だが、勝利を収めたとはいえ3年前に格下相手に苦戦して以来のカムバックとなるうえ、世界戦に至っては5年ぶりとなるレナードがいきなり統一世界王者のタイトルに挑戦できること自体、いかに優遇されていたかの証左にほかならない。

ところが、対戦が決まるとレナードは様々な条件を突き付ける。
ファイトマネーの取り分、ラウンド数は15ラウンドでなく12ラウンド、グローブもダメージが少ない大きめのサイズ、そして極めつけは通常よりも1メートル以上広いリングでの戦いを要求してきたのだ。

これでは、どちらがチャンピオンか分からない。
しかし、ハグラーはその理不尽な要求をことごとく受けたのである。
しかも、12ラウンド制を呑んだために、統一世界王者であったハグラーは当時15ラウンド制を用いていたWBAとIBFのチャンピオンベルトを剥奪されるという憂き目に遭いながら。

こうして紆余曲折を経た後、ついに「THE SUPER FIGHT」と名付けられた「黄金の中量級」のフィナーレを飾る戦いが実現するのであった。

(3) 前評判

識者の中にはこの戦いを「5年遅かった」とため息交じりに語る者すらいた。
ハグラーはこれまで12回連続防衛を果たしていることに加え、10年以上も敗北の2文字を喫していない、誰もが認める最強の王者である。

かたやレナードは、前述したように3年前に1度カムバックしたものの、世界戦の檜舞台に立ってからはすでに5年の歳月が過ぎていた。
しかも、ミドル級に挑戦するのは初めてだったのである。

かつてハグラーに挑んだ者の中にもムガビやハーンズのように下の階級からミドル級にウエイトを上げた者もいたが、彼らはミドル級の中でも屈指のハードパンチャーであり、バリバリの現役ファイターであった。
ブランクも長く、ハグラーとは骨格的にもパワーにおいても劣るレナードが、“黄金のミドルの帝王”の待つリングに立つのは無謀に思えた。

こうした前評判もあり「THE SUPER FIGHT」と銘打たれた両者の戦いは、公開処刑とさえ言われるようになっていた。
「レナードは本当に生きてリングを降りられのか…」と。

しかし、我々は奇跡の瞬間を目撃するのであった。


BOXING BEAT(ボクシング・ビート) (2021年5月号)

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