“マーベラス”マービン・ハグラー ~世界中のボクサーが敬意を表したミドル級の帝王~②




第2章 偉大なる王者

ボクシングスタイル

マービン・ハグラーは元々右利きだが、主にサウスポースタイルで戦った。
主にと書いたのは、オーソドックスの構えも見せたからである。
試合中のサウスポーからオーソドックスへのスイッチは、あまりにも自然で滑らかであった。

身長は公称で177㎝となっているが、実際は175㎝あるかどうかだと思われる。
しかし、リーチは長く190.5㎝もあった。
短い胴体と長いリーチという体形が、ハグラーの代名詞である攻防一体のボクシングスタイルに絶妙にマッチしていた。
なぜならば、普通に構えるだけで長いリーチでボディをカバーすることが可能となり、巧みなディフェンス技術と相まって、攻めと守りを隔てることなく隙のない戦いを可能にしたからだ。
しかも、ハグラーは鉄の顎を持つといわれるほど打たれ強く、生涯67戦中でダウンを取られたのはファン・ドミンゴ・ロルダン戦のみといわれている。
実は、それすらもスリップダウンを取られたものであり全く効いていなかった。

生涯成績は62勝3敗2引き分け52KOで、統一王者を含むミドル級世界王者を12度防衛している。
敗れた3戦ともホームタウンディシジョンや微妙な判定に泣かされたものであり、真の意味で底を見せないまま引退した稀有な存在といえよう。

62勝のうち52KOという戦績が物語るように強打の持ち主だが、ハーンズのように一撃で仕留めるスタイルではなく、立ち上がりからじっくりと試合を組み立て重いパンチを急所に当ててKOするという、熟練の職人芸を彷彿とさせる玄人好みの戦いを見せていた。

まさしく横綱相撲と呼ぶに相応しい、王道を歩んだボクシングであったといえるだろう。

求道者

ペトロネリ・ブラザーズ・ボクシングジムの門を叩いてからのハグラーは、朝は走り込み、昼は過酷な肉体労働に汗を流し、夜はジムでトレーニングに明け暮れる日々を送った。
特に、真冬のブロックトンは非常に寒く、厳しい環境においても日が昇る前の酷寒の中、ハグラーは毎朝欠かすことなくひた向きにロードワークに勤しんだ。

ハグラーの生活は、世界チャンピオンになっても変わることがなかった。
夜の街に繰り出すことはなく、毎晩早く床に就き、週に何度も走り込みを行う。
タイトルマッチが近づくと外部との接触を一切断つべくキャンプを張り、まるで修行僧のようにひたすら練習に打ち込んだ。
酒、たばこ、コーヒーなどの嗜好品は一切口にすることがなく、一貫して求道者のようなライフスタイルを送った。

こうした一切浮ついたところがないストイックな生活を続けるハグラーに対して、世界中のボクサーが「“マーベラス”マービン・ハグラーこそ真の王者である」と敬意を払ったのは、ある意味当然のことだといえよう。


BOXING BEAT(ボクシング・ビート) (2021年5月号)

悲願の戴冠

ハグラーが初めて世界チャンピオンになったのは1980年9月のことだった。
当時の世界王者アラン・ミンターの地元に乗り込んで圧倒的な強さを見せつけ、3ラウンドTKOでベルトを奪取したのである。
それは、50ドルのファイトマネーを手にしたデビュー戦から数えて足かけ7年、実に54戦目のことだった。

前年にもビト・アンツォフェルモとのタイトルマッチに挑んだが、惜しくも引き分けに終わりタイトル奪取は叶わなかった。
ハグラー陣営は最終15ラウンドのゴングが鳴った瞬間、勝利を確信したという。
にもかかわらず引き分けのジャッジが下されると、「ここで勝つにはノックアウトするしかないのか!」と激しく憤るハグラー。
その怒りをエネルギーに変えての見事な勝利であった。

長らくハグラーはミドル級のタイトルに最も近い存在であったにもかかわらず、無冠の帝王と呼ばれる日々を過ごしてきた。
それは、ハグラーがあまりにも強すぎたために、時のチャンピオン達が対戦を回避してきたからに他ならない。
モハメッド・アリと幾度なく死闘を演じた元ヘビー級世界王者ジョー・フレイジャーの言葉が、そのことを雄弁に物語る。
「ハグラー。君がチャンピオンになれない理由は3つある。まずはサウスポーであること。2つ目は黒人であること。そして、最大の理由は強すぎるからだ」

ミドル級の頂点に立ってからのハグラーは、まさしく“マーベラス”であった。
防衛した12回は、ロベルト・デュラン戦以外全てKO勝ちである。
そして、ハグラーのタイトルマッチの相手は世界ランキング1位を含む、そのいずれもが最強の挑戦者だった。
世界チャンピオンの中には強者を避け、噛ませ犬のような挑戦者としかタイトルを懸けて戦わない者もいる中、それとは真逆のチャンピオンロードを歩むハグラー。

マービン・ハグラーという名の冠に“マーベラス”の文字が躍るのも、むべなるかなである。

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