モーグル男子で堀島行真が今大会日本人メダル第1号となる銅メダルを獲得し、盛り上げりを見せる北京オリンピック。
大会2日目はスピードスケート女子3000mで高木美帆が6位入賞を果たす。
そして、悲願の金メダルを狙う
髙梨沙羅は4位となり惜しくもメダルには手が届かなかったが、4年間の思いを込めた渾身のジャンプを見せた。
Number(ナンバー)1046号 完全保存版 北京五輪熱戦譜
継続することの偉大さ
髙梨梨沙羅
髙梨沙羅はワールドカップにおいて、史上最年少の15歳4ヵ月で優勝した。
以後、今日に至るまでワールドカップ通算61勝をあげており、スキージャンプとしては男女を通じて史上最多となる。
17歳で迎えた2014年ソチオリンピックには、断トツの優勝候補筆頭として乗り込んだ。
その年のワールドカップで、他を寄せ付けぬ圧倒的な力を誇示していたからである。
ところが、五輪本番では4位に沈んでしまう。
上位陣の中で髙梨だけがジャンプの2本とも、ジャンパーにとって致命的な追い風に叩かれる不運に見舞われてしまったのだ。
競技終了後、国民の過度な期待にさらされた17歳の少女は涙を流しながら、インタビューに答えた。
「自分の実力不足でした」
その若さで重圧に苛まれる髙梨梨の姿に、私は同情を禁じ得なかった。
勝負は時の運とも言われるが、風の影響を顕著に受けるジャンプ競技はまさにその典型といえる。
こうした事実を知ろうともせず、結果だけを見て無責任に批判をぶつける俄かファンもどきに、何ともやりきれない思いが募ったことを思い出す。
オリンピックの時だけチャンネルを合わせる我々よりも、不本意な成績に終わった選手自身が何倍も悔しいことは言うまでもないだろう。
そして、雪辱を期した平昌オリンピックで、悲願のオリンピックでのメダルを獲得する。
金メダルを期待されたが、そのシーズンはノルウェーのルンビ、今大会でも銀メダリストとなったドイツのアルトハウスの台頭もあり、銅メダルはある意味順当といえる結果であった。
3回目のオリンピックとなる今大会は4位となり、表彰台に上がれなかったことは残念である。
だが、決して内容が悪かったとはいえず、特に2回目のジャンプでは気を吐いた。
難しい風の中、前を飛ぶ選手たちが次々と失速していく姿を尻目に、髙梨は見事なジャンプでK点を大きく超える100mを記録した。
どちらかというと不得手なテレマークが、きちんと入ってさえいれば…という悔いは残る。
しかし、今回メダルに届かなかったからといって、髙梨が積み上げてきたものは決して色褪せない。
11シーズン連続ワールドカップで勝利をあげ、世界の女子ジャンプ界を牽引し続けたのは間違いなく髙梨沙羅である。
女子ジャンプが五輪で正式種目となったソチのフォークト、前回平昌のルンビといった金メダリストたちは、今大会にはエントリーすらしていない。
この事実を見ても、長きに渡り第一線で活躍し、オリンピックにメダル候補として出場し続ける髙梨が、最も偉大な女子ジャンパーであることに異論はないだろう。
その競技の第一人者がタイミングや運に恵まれず、五輪で一番輝く色のメダルをとれないことは、よくあることである。
我々が初めて髙梨梨を見たあの日、純朴を絵に描いたような少女だった彼女が、今やすっかり美しい大人の女性になっている。
この変遷からも、髙梨梨沙羅がジャンプ競技に向き合ってきた年月を思わずにはいられない。
クラウディア・ペヒシュタイン
私は高木美帆を応援すべく、スピードスケート女子3000mをテレビ観戦していた。
すると、懐かしい選手がエントリーしているではないか。
その選手とは、クラウディア・ペヒシュタインである。
ペヒシュタインは1972年2月22日に旧東ドイツで生を受けた。
つまり、今月中に50歳になる。
1992年にアルベールビルオリンピックに出場して以来、今大会で8度目の五輪出場となる。
これは、スキージャンプの“レジェンド”葛西紀明と並ぶ記録である。
ペヒシュタインは息の長い選手生命だけでなく、実績もずば抜けている。
初出場のアルベールビルオリンピック5000mでの銅メダルを皮切りに、通算で5個の金メダルに加え、銀と銅も2個ずつ獲得しているのだ。
しかも、リレハンメル・長野・ソルトレークと3大会連続で、5000m 3連覇の偉業を成し遂げた。
私が初めてペヒシュタインを観たのは、1994年リレハンメルオリンピックでのことである。
166㎝と欧米人にしては小柄な体格に、りんごのような真っ赤なほっぺをした素朴な少女といった趣であった。
その頬と体格から、“リトルアップル”と呼ばれていた。
だが、リンクに立つと一転、驚異のスタミナでライバルたちを圧倒していく。
特に、私が衝撃を受けたのは、当時絶対王政を築いていた同郷のグンダ・ニーマンを5000mで下したことだ。
レースの入りはかなり遅かったものの、周回を重ねてもラップが全く落ちない。
淡々とイーブンペースで滑る若きペヒシュタインの姿に、これまで見た経験のない凄みを感じたことを思い出す。
今大会、そのクラウディア・ペヒシュタインが開会式で旗手の大役を務め、年齢の壁をも超越しオリンピックの舞台でリンクの上を走っている。
同年代の私は感慨深かった。
そして、同走者から大きく遅れたペヒシュタインは、ゴールの瞬間ガッツポーズをする。
激しく消耗し膝に手をつきながらも、ペヒシュタインは白い歯を見せ、弾けるような笑顔がこぼれている。
その満足そうな表情に、メダル以上の価値を見た。
まとめ
ジャンプ女子ノーマルヒルで惜しくも4位となり、メダル獲得とならなかった髙梨沙羅。
だが、悪条件にもかかわらずK点越えのジャンプを飛ぶ確かな技術と、五輪にかける想いは伝わった。
モーグル男子でメダルを分け合った選手たち同様、髙梨沙羅もライバルの会心のジャンプに拍手を送る姿が印象に残る。
メダルがかかっているシリアスな場面だというのに…。
その素晴らしき精神が心を打つ。
また、金メダリストに輝いたスロベニアのボガタイはもちろん、女子ジャンプ史上初となる2大会連続での銀メダルを獲得した、ドイツのアルトハウスも見事であった。
金メダルがかかる2本目のジャンプで、追い風に吹かれるアンラッキーさえなければ…。
ここにも、勝負の世界の光と影が存在した。
北京オリンピックは始まったばかりである。
選手たちの健闘を祈りたい。