「元奨励会員アユム」~祖父が繋いだ将棋との縁~





YouTube動画でタイトル戦をはじめとし、様々な対局を取り上げる将棋ユーチューバー。
中でも、個人的に最も好感を持てるのが元奨励会員のアユムさんである。
我々のような初中級者の“観る将”にも分かりやすい解説がありがたい。

去る2023年9月23日、アユムさんのチャンネルが開設7周年を迎えた。
それを記念して、自らの将棋史を紐解く動画をアップした。
その内容に感銘を受けたので、所感を交え内容を紹介する。

将棋との出会い

アユムさんが将棋を始めたきっかけは小学生の頃、教え上手な祖父に手ほどきをされたことだった。
それ以来、将棋というゲームにのめり込んでいく。
実は、その原因となったのは学校で受けていたイジメだった。
まだ年端もいかぬアユム少年は誰にも言えず、ひとり地獄のような日々を耐え忍ぶ。
心の拠り所となったのが、他ならぬ将棋だったのだ。

そんな息子を見た親が、将棋道場に連れていく。
優しい大人達にも恵まれて、どんどん棋力が向上する。
学校はおろか家でも笑えなくなっていたアユムさんだったが、道場にいる時だけは笑顔がこぼれるようになった。
また、羽生善治の大ファンだったので、ひたすら棋譜を並べたり、活躍を追いかけたりもした。
こうしたことを心の支えとし、ギリギリ自我を保てたのである。

もし、祖父が将棋を教えていなければ…。
そして、羽生善治という不世出の大棋士が存在しなければ…。
何か運命じみたことを感じてしまうのは、私だけだろうか。

アユムさんの体験から、何か一つでも自分にとって大切なものを見つけることの重要性が身に沁みる。
それに加え、学校以外にも自分の居場所を持てたことも幸いしたのだろう。
イジメは親にも先生にも、なかなか相談できないのが実情である。
そんなとき、少しでも逃避できる何かがあったからこそ、サバイブできたことをアユムさんは伝えてくれた。

思い出したくもない苦い記憶だろうが、貴重な経験談を語ってくれたことに感謝の気持ちが込み上げた。

奨励会時代

メキメキと腕をあげたアユム少年は、数年後には奨励会を受けるほど強くなっていた。
その頃にはイジメも収まり、友人と過ごす時間も増えていく。

だが、狂ったような将棋漬けの生活から普通の子どもとなったことにより、奨励会時代は過去の勉強の貯金を切り崩していた有様だった。
将棋の天才が集う奨励会は、いわゆる普通の子どもが勝ち抜けるような甘い場所ではない。
天賦の才に恵まれた傑物か、少し前のアユム少年のように将棋に全てを捧げる者でなければ昇進は望めない。
結局、奨励会入会時がピークだったアユムさんは奨励会退会を余儀なくされる。

退会当時は後悔や自責の念など、様々な思いが去来した。
だが、大人になって振り返ると、本当に将棋と出会えたことを良かったと思えるようになった。
イジメにより心を閉ざした自分を普通の少年に戻してくれたのも、将棋との出会いがあったからである。
そして、祖父、両親、将棋道場の人々など多くの温かい人の支えがあればこそ、今日の自分があるという。

そんなアユムさんがYouTubeを始めるきっかけは、やはり祖父との縁だった。


実戦に強くなる!やさしめ次の一手200問 著者/元奨励会員アユム

ユーチューバーになったきっかけ

奨励会を退会した後、祖父が逝去した。
その際、遺品整理をしていると手帳が見つかった。
そこに認められた一文に、アユムさんは涙が止まらない。

「この子は天才だ。この子は将来名人になる」

生前、一言もそんなことを口にすることはなかった祖父。
だが、心の中では秘めた想いを抱いていたのである。

改めて祖父の深い愛情を知ったアユムさんは、しばらくして友人達とYouTubeを始めることになる。
当初は登録者数や再生回数も伸び悩み、モチベーションが上がらず更新が滞った。

ところが、転機が訪れた。
藤井ブームである。
史上最年少プロ棋士の肩書だけでなく、デビューから29連勝を飾るなど、世間は老いも若きも藤井聡太に熱狂した。
それが追い風になり、アユムさんのチャンネルも再生回数が伸び始める。

アユムさんは述懐する。

「奨励会退会後は頑張れなかった罪悪感もあり、将棋を指すことはもちろん、漫画やドラマなど将棋を題材とするものは全て敬遠していた。そんな中、唯一大好きな羽生先生の活躍だけはネットなどで追いかけており、祖父が存命の間は詰将棋パラダイスを毎月送ってくれていた。ふたりのおかげもあり、かろうじて将棋との繋がりを持つことができていた。そして、藤井八冠が私を将棋の世界に引き戻してくれた。本当に祖父と羽生先生と藤井八冠には感謝している」

そう語るアユムさんの言葉から、本当に3人に感謝する想いが伝わった。

まとめ

私は将棋の普及には、棋士及び女流棋士の存在がメインだと思っていた。
しかし、ここ数年、アユムさんのような存在も棋界を盛り上げる一翼を担っているのだと痛感する。
だからこそ、彼のチャンネルのコメント欄には感謝の声であふれている。

将棋と出会い、羽生先生のファンになり、藤井八冠によって再び将棋の世界に戻ってきてアユムさん。
そして、どんな時も最愛の孫に寄り添い、将棋との縁を繋いだ祖父との物語。
私は素晴らしい逸話を聞くことができ、感動で胸がいっぱいになる。

YouTubeは藤井八冠の誕生と、羽生先生のタイトル100期を見届けるまでは続けたいと語っていた。
つまり、残すは羽生善治永世七冠のタイトル100期獲得というわけだ。
もちろん羽生先生の偉業達成後も我々将棋ファンのために、有段者から級位者までよく分かる丁寧な解説を続けていただければ幸いである。

最後に動画のリンクを貼っておく。

私が奨励会に入会できた理由とプロになれなかった理由、将棋をやめてから再開できた理由

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