タイガー・ウッズが復活した日 ~長き旅路からの王の帰還~





去る3月9日、世界ゴルフ殿堂入りのセレモニーが行われ、タイガー・ウッズが殿堂入りを果たした。

昨年2月に起きた自動車事故により、ウッズは命にもかかわりかねない大怪我を負い、未だツアー復帰ができない状態が続いている。
そんな苦しい日々を過ごすウッズも、この吉報には喜びを隠せない。

メジャー通算15勝、PGAツアーに至っては歴代最多となる82勝を挙げるゴルフ界のレジェンドにあって、私が最も印象に残るのが2019年のマスターズトーナメントである。
メジャーでは、実に11年ぶりとなる優勝を遂げたのだ。
様々なスキャンダルや怪我に見舞われ、どん底を味わったタイガー・ウッズの復活劇は、世界中の人々に歓喜をもたらした。

改めて、2019年に行われたマスターズトーナメントを振り返ってみたいと思う。


TIGER WORDS: タイガー・ウッズ 復活の言霊

ゴルフの祭典

花々が咲き、緑が芽吹く1年で最も美しい季節春。
春麗らかな4月に、ジョージア州のオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで毎年開催されるのが「ゴルフの祭典」マスターズである。

私は、毎年この時期に目標にしていることがある。
それは、ゴルフのあらゆる大会で最も栄誉ある、この「ゴルフの祭典」を穏やかな気持ちで観戦することである。
なぜならば、それ即ち、仕事やプライベートで悩みを抱えていないことを意味するからだ。
その安寧の中、名手たちのプレーに没頭できることほど、満ち足りた気持ちにさせてくれることはない。

そして、この大会を盛り上げるのは、世界中から招待されたゴルフの達人“マスターズ”だけではない。
生命の輝きを放つ美しいコースを背景に、マスターズ賛歌『Augusta (オーガスタ)』の心地良いメロディが流れてくる。
“Augusta, your dogwoods and pines~”というゴルフを讃える調べが「遥かなるオーガスタ」への郷愁を誘い、マスターズという大会の素晴らしさと往年の名選手たちを偲ばせる。

タイガー・ウッズのあゆみ

タイガー・ウッズは、“新帝王”トム・ワトソンなどを輩出した名門スタンフォード大学を中退し、プロ転向した翌1997年、マスターズを21歳という史上最年少で制覇する。
しかも、スコアは18アンダーをマークし、2位に12打差をつける圧勝劇だった。

その後も快進撃は止まらず、2008年までにメジャー大会で14回の優勝を果たすなど、史上最強ゴルファーの呼び声も高まった。
当時まだ30代前半だったこともあり、ジャック・ニクラウスのメジャー通算18勝を更新するのも時間の問題だと思われていた。

ところが、2009年、交通事故に端を発する不倫問題に見舞われる。
転落の始まりであった。
関係を持った女性が次々と現れる一大スキャンダルに発展し、スーパースターの名声は地に堕ちた。
2017年には、鎮痛剤の過剰摂取により意識が朦朧とし、飲酒運転と間違われ逮捕される。
当時、報道された虚ろな表情は、多くの人々に衝撃を与えた。

こうした数々のスキャンダルに加え、たび重なる膝と腰の怪我もあり、全盛期のプレーは影を潜めてしまう。
ついには、歩行困難に陥るなど日常生活すらままならなくなり、ツアーからの長期離脱を余儀なくされた。

だが、2018年にツアー復帰を果たすと、徐々に全盛期を彷彿とさせるプレーが甦る。
全英オープンでは6位、全米プロでは2位と優勝争いを演じたことが、とても自信になったという。

そして、2019年のマスターズにて、ついに完全復活を遂げた。

王の帰還

タイガー・ウッズは初日を2アンダー、2日目は4アンダーで回り、トータル6アンダーと首位から1打差の好位置につけた。
絶好のコンディションに恵まれた3日目、ウッズは5アンダーの67でラウンドし、通算11アンダーまでスコアを伸ばす。
首位モリナリから2打差の2位タイで最終日を迎えた。

本来ならば、ウッズは最終組の1組前でプレーするのだが、最終組でのラウンドとなった。
最終日は午後から嵐が近づくという予報により、少しでも早く試合を終了させるため、3人1組で回ることになったからである。
結果論ではあるが、このことがウッズにとって幸いしたのかもしれない。

試合の流れが一気にウッズへと傾いたのは、アーメンコーナーと呼ばれる12番のpar3だ。
一見すると、この12番ホールは距離も155ヤードと短く、イージーホールに見える。
しかし、グリーン手前にある池、絶妙な位置に配されたバンカー、池を嫌って奥に外すとブッシュが待ち構えるというように、様々な罠が散りばめられているのだ。
その中でも、一番厄介なのが風である。
このホールの上空では、ティーグラウンドやピンのフラッグとは全く異なる風向きになることも珍しくなく、名手たちが幾度となくオーガスタの魔女の気まぐれに泣かされてきた。
まさしく、プレーする選手からすれば、神に祈るしかない。

2打差でトップに立つモリナリのティーショットが放物線を描きながら、まるでオーガスタの魔女に魅入られるように池に吸い込まれた。
ダブルボギーを喫したモリナリに、ついにタイガー・ウッズがトップに並んだ瞬間であった。
落胆の色を隠せないモリナリは、15番のチャンスホールでも池につかまり、優勝争いから後退を余儀なくされる。
対照的に、ウッズはpar5の13番と15番で確実にスコアを伸ばし、5度目のマスターズ制覇へ向かって力強く前進した。

一時は、首位から1打差圏内に5人以上がひしめき合う大混戦となる中、モリナリに代わり優勝争いに加わってきたのが、ブルックス・ケプカである。
さすがに、2018年の全米オープンと全米プロを連続優勝している実力者だ。
12番でダブルボギーを叩き、完全に優勝争いから脱落したと思われたが、次の13番でイーグルパットを捻じ込み、息を吹き返す。
メジャー3連覇がかかる中、重圧をものともしないタフさに畏れ入る。
だが、最終ホールで、入れごろのバーディパットを外したのが痛恨の極みであった。
結局、その1打が響き、後塵を拝すこととなる。

最終ホールを迎えたウッズは2打差のセーフティリードを活かし、無理せずこのホールをボギーでまとめ、見事マスターズチャンピオンに返り咲いた。
これまでのメジャー14勝とは異なり、初めての逆転優勝となる。

実は、意外だったことがある。
これだけの苦難の末に栄冠を勝ち取ったのだから、ウッズは涙を流すのではないかと思っていた。
ところが、満面の笑みに終始しているではないか。
数々のスキャンダルや大怪我に見舞われ、もはや流せる涙は残っていなかったのかもしれない。

しかし、思うのだ。
涙のない、笑顔に満ちた復活劇も、また素晴らしいではないかと。

感動的な光景

優勝を決めた18番ホールのグリーンで、ウッズが喜びを分かち合ったのがキャディのジョー・ラカバである。
この名キャディは、数少ないタイガー・ウッズの復活を信じ続けた男なのだ。
怪我で戦線離脱を強いられ、復帰の目途さえ立たないウッズが「他の有望な選手のキャディをした方がいい」と勧めても頑として首を振り、ひたすら復帰を待ち続けた。
その信頼関係があればこそ、今大会の優勝に繋がったのだろう。
まさしく、二人三脚で掴み取ったマスターズチャンピオンであった。

そして、もう一つ感動したのが、ライバルたちが示したタイガー・ウッズへの敬意である。
優勝争いを繰り広げた選手たちが整列して、コースから引き揚げるタイガー・ウッズを出迎えたのだ。
その中には、かつてのマスターズチャンピオンで還暦を過ぎたベルンハルト・ランガーが、グリーンジャケットを着ている姿も見られた。
「ゴルフの祭典」のフィナーレにふさわしい感動的な光景であった。

メジャー大会は何度も見てきたが、こんなシーンは初めてである。
今大会、ウッズと鎬を削ったのは、ほとんどが伸び盛りの20代~30代前半のプレーヤーである。
彼らは子ども時代、タイガー・ウッズのプレーに魅せられゴルフの扉を開いていた。
自らの目の前で、往年の輝きを取り戻す憧れのスーパースター。
そのことに喜び、心から讃える若者たちの姿に純粋なるものを見た気がした。

まとめ

最終ホール18番、グリーンに向かうタイガー・ウッズ。
大歓声のギャラリーに対し、深紅のウエアに身を包む稀代の名ゴルファーは、帽子のつばに手をやり感謝する。

そして、ついにその時を迎える「遥かなるオーガスタ」。
タイガー・ウッズのパターから放たれた白いボールは、吸い込まれるようにカップに沈んだ。
その瞬間、この日一番の割れんばかりの大歓声がグリーン上を包むと、両手を天高く突き上げ喜びを爆発させるタイガー・ウッズ。

この光景を世界中のゴルフファン、いや、ゴルフにさほど興味の無い人々も待ち望んでいたのではないだろうか。
実に2005年以来14年ぶりとなる5度目のマスターズ制覇であった。
それは、あまりにも長かった旅路からの王の帰還でもあった。

1997年、弱冠21歳の若さで初優勝を遂げたウッズを真っ先に出迎え、固く抱き合った父アール氏はそこにいない。
しかし、タイガーコールが鳴り止まぬ中、固唾を呑んで見守っていた息子を皮切りに、娘や母と熱い抱擁を交わしていく。
初優勝から22年という、長い歳月が過ぎ去った事実を思わずにはいられなかった。
と同時に、様々な苦難を乗り超え達成した、スポーツ史上最大のカムバックといえる偉業に心から感動した。

最後に、栄えあるグリーンジャケットに袖を通したタイガー・ウッズに、どうしても言いたいことがある。

「おめでとう!タイガー!」

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