フィギュアスケートGPシリーズ2022「アメリカ大会」 新しい時代の幕開け





今年も、この季節がやって来た。
フィギュアスケートのグランプリシリーズが開幕したのである。
2月に北京五輪が開催され、また4年後、新たにミラノを目指す戦いがスタートした。

ただ一つ残念なのは男子フィギュアスケート界の両巨頭、ネイサン・チェンと羽生結弦を見られないことである。
“史上最強の4回転ジャンパー”ネイサン・チェンと、“史上最高のフィギュアスケーター”の呼び声高き羽生結弦。
グランプリシリーズのリンクに、その姿がどちらもないのは一体いつ以来だろう。

しかし、本大会は人類史上初の偉業を成し遂げた新星が登場するなど、新時代の幕開けを予感させる実り多きものとなる。


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男子シングル

日本勢は3名出場し、三宅星南が8位、島田高志郎が9位で終わったが、17歳の三浦佳生(かお)が2位表彰台の大躍進を見せる。
そして、何と言っても今大会の主役は、イリア・マリニン(米)をおいて他にいないだろう。

1. 三浦佳生

ショートプログラムで首位に立ったのが、三浦佳生である。
昨シーズン、全日本ジュニア選手権を制した逸材が、世界の舞台でベールを脱いだ。

冒頭の4回転サルコウ&3回転トウループのコンビネーションジャンプを、GOE(出来栄え点)で+4に迫ろうとかという会心の出来で成功する。
トリプルアクセルもクリーンに跳び、演技前半はこれ以上ないスタートを切った。
演技後半に入っても、4回転トウループをGOE+3を優に超える、質の高いジャンプで着氷した。
スピン、ステップもまとめた三浦は、北京五輪5位のチャ・ジュンファン(韓国)を抑え、94.96点で首位発進を決めた。

最終滑走者として登場したフリースケーティング。
マリニンの圧巻のパフォーマンスを目の当たりにし、尋常でないプレッシャーがあったに違いない。

最初のジャンプは、難易度が高い4回転ループで攻めてきた。
これが決まると、優勝も見えてくる。
だが、転倒してしまった…。

嫌なムードが流れる中、リベンジとばかりに、トウループの4回転&3回転コンビネーションジャンプを決め返す。
GOEで+3以上つく、素晴らしいジャンプだった。
そして、4回転サルコウも同様に、流れるように成功させた。
三浦の技術の高さ、そして強い精神力が窺える。

中盤以降、トリプルアクセルの着氷が乱れた他、スピン、ステップでレベルを取りこぼす。
だが、この初めての大舞台で、最後まで伸びやかに力強く若者らしく滑り切った。

フリーは178.23点、ショートとの合計273.19点の2位フィニッシュで大会を終えた。
マリニンには及ばなかったが、大健闘といえるだろう。

試合後、三浦佳生はかく語る。

「今まで味わったことのない緊張があった。その中で、ここまで出来たことは、自分を褒めてもいいのかなと思う」

その言葉どおり、失敗しても崩れない三浦の高いリカバリー能力が際立った、素晴らしい演技だった。

2. イリア・マリニン

イリア・マリニンも、17歳の新鋭である。
何よりも今年9月、フィギュアスケート史上初となる「4回転アクセル」を成功させ、世界中をあっと言わせたことは記憶に新しい。
今、最も注目を集めるフィギュアスケーターだ。

だが、ショートプログラムは出遅れた。
序盤のコンビネーションジャンプで4回転ルッツが回転不足となり、続く4回転トウループも転倒する。
“4回転の申し子”らしからぬジャンプのミス。
最後のトリプルアクセルは決めたものの、演技構成点も伸びきれず86.08点の暫定4位で折り返す。

そのマリニン。
フリースケーティングを迎え、ついに本領を発揮する。

曲がかかり、マリニンはゆっくりと滑り出す。
そして、いきなり勝負の大技・4回転アクセルに向けて跳び上がる。
すると、美しい軌道で回転し、完璧なまでに着氷した。

成功である!
しかも、出来栄え点で4.11点獲得し、基礎点の12.5点と合わせ、ジャンプ1本で16.61点をマークした…。
恐るべし…“4回転の申し子”マリニン。
人智を超越したジャンプに、大歓声が鳴り止まない。

しかも、4回転トウループ、4回転ルッツ、4回転サルコウと、続けざまに4回転ジャンプを畳みかけ、その全てを危なげなく成功させたのだ。
早くも、技術点は50点を楽々と超えている。

演技後半、4回転ルッツからの3連続ジャンプに挑むマリニン。
惜しくも、最後の3回転ジャンプで転倒してしまう。
だが、この難しい構成でミスらしいミスは、これだけに留める。

マリニンの圧巻の演技はまだ続く。
3回転&3回転のコンビネーションジャンプを難なく決めた後、ジャンプの締めくくりに超高難度コンビネーションを披露する。
3回転ルッツからトリプルアクセルを決めたのだ。
演技後半の最終盤に持ってきて、加点がつくジャンプを跳んでしまうとは…。
私は半ば茫然自失と化していた。

最後のスピンもレベル4でフィニッシュすると、会場は揺れんばかりの熱狂の渦に包まれる。
フリーの得点は200点に迫る194.29点をマークし、ショートとの合計280.37点でグランプリ大会初優勝を飾った。

“4回転の申し子”は地元アメリカで、その実力を世界に知らしめた。

女子シングル

女子の日本選手は、ショートを8位発進した松生理乃がフリーを体調不良で棄権する。
一方で、今年の世界選手権を制した坂本香織は女王の貫録を見せた。
本稿ではその坂本と、2位に入った15歳イザボー・レビト(米)の戦いを振り返る。

1. 坂本香織

ショートの曲はこれまでとは打って変わり、ジャネット・ジャクソンメドレーで臨んだ。
長かった髪もバッサリ切り、心機一転といった感じなのだろうか。
最初のダブルアクセルはスピードといい、降りた後の流れといい、相変わらず文句のつけようがないジャンプである。
出来栄え点で+4近く出るのも頷ける。
あまり得意とは言えない3回転ルッツも正確に決め、スピン、ステップともレベル4を取りこぼさない。
しかし、コンビネーションジャンプの2本目が2回転になったことだけが悔やまれる。
それでも、さすがの71.72点で首トップに立つ。

フリーはショート同様、ダブルアクセルからスタートする。
その出来映えはショート以上にダイナミックかつ完璧で、驚異のGOE+4超えを果たす。
その後も、コンビネーションジャンプで1つアンダーローテーションがあっただけで、演技を終了した。

昨年までに比べると、ジャンプでのGOEの加点が少ないように感じた。
とはいえ、+3前後はついているので他の選手なら大威張りであるが、坂本の場合は+4以上を連発してこともあり少し物足りない。
新しいプログラムということもあり、振付や曲の解釈に神経を使っているからだろうか。
だが、演技構成点はどの要素も9点以上を獲得するなど、高い芸術性や表現力は今年も健在である。

フリーは唯一の140点超えを果たす145.89点、ショートとフリーの合計は217.61点でグランプリシリーズ初戦を制覇した。

2. イザボー・レビト

世界ジュニア選手権を制し、今シーズンからシニアデビューを果たすイザボー・レビト。
グランプリシリーズデビューとは思えぬ、堂々たる演技で観客を魅了した。

ショートプログラムが始まると、安定感のあるジャンプは高いGOEを獲得する。
だが、唯一惜しかったのが、レビトの得点源を決めきれなかったことである。
3回転ルッツ&3回転ループの高難度コンビネーションジャンプを着氷させたが、惜しくもアンダーローテーションになってしまったのだ。
だが、難易度がさらに増す演技後半に敢えて挑む姿に、その技を得意としたアリーナ・ザギトワを思い出す。
洗練されたスケーティングに加え、安定感のあるスピンとステップは15歳とは思えない。
整った顔立ちに浮かべる感じの良い微笑みは、どこか品を感じさる。
ショートの71.30点は、トップ坂本と0.42点差の2位に付けた。

フリーでは、冒頭の3回転ルッツの着氷が乱れコンビネーションを付けられない。
GOEがマイナス評価になり、出鼻をくじかれた形となる。
だが、ここから崩れないのが、“世界ジュニア女王”の面目躍如である。
優雅な演技に加え、質の高いジャンプも決めていく。
ところが、演技後半でショートプログラムと同じく、3回転ルッツからのコンビネーションジャンプが、やや乱れてしまった。
直前練習で右足を気にする素振りを見せていたそうだが、その影響もあったのかもしれない。
最後まで美しい滑りでフィニッシュするも、本人は少し不満げな表情を見せる。

フリーは135.36点、合計得点206.66点で、初のグランプリシリーズは2位となった。

滑らかでしなやかさを感じさせるイザボー・レビトの演技は、今後要注目である。

まとめ

優勝したイリア・マリニンと2位の三浦佳生。
彼らはまだ、いずれも17歳の若者である。
15歳のイザボー・レビトも含め、10代が躍動し、新しい時代の扉を開ける大会となった。
今後、どれだけ成長曲線を描いていくのか楽しみでならない。

そして、そんなニューウエーブの前に立ちはだかるのが、北京五輪の銀メダリスト・鍵山優真と銅メダリスト・宇野昌磨である。
きっと刺激し合い、切磋琢磨していくに違いない。

4年後にイタリアの地で待つミラノ五輪。
今、戦いの号砲が鳴った。

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