2022年世界フィギュアスケート選手権男子シングル 宇野昌磨の戴冠





3月23日からフランス・モンペリエで、世界フィギュアスケート選手権が開幕した。

今大会は、ネイサン・チェンと羽生結弦という男子フィギュア界の2大スターが怪我のため欠場した。
また、ロシアのウクライナ侵攻による制裁のため、女子シングルでは最強ロシア勢が参加できなくなってしまう。

少し寂しい布陣での開催となったが、それを忘れさせるような日本選手の活躍に胸がすく思いがした。

坂本香織はショート、フリーともトップを譲らぬ完全優勝を遂げた。
北京オリンピックに続く、ノーミスの演技は見事の一言に尽きる。

何といっても、日本勢の躍進著しかったのが男子シングルだ。
改めて、宇野昌磨と鍵山優真のふたりは、世界のトップを争うフィギュアスケーターなのだと認識した。

その男子シングルの模様を振り返る。

ショートプログラム

出場した日本勢が3名とも100点越えを果たし、上位を独占する。
宇野と鍵山のみならず、友野一希の演技も光った。

友野一希

羽生結弦に続いて、三浦佳生も怪我による欠場が決まり、急遽代替出場となった友野一希。
先週のプランタン杯にも出場し、2週連続での国際大会という難しい調整を強いられる中での演技となる。

友野は2018年の世界選手権で5位入賞の実績があるが、実はその時も代替出場だった。
というよりも、何を隠そう今回で5度目の代替出場であり、その度に好成績を残すことから“代打の神様”の異名をとる友野。

前半からコンビネーションを含む4回転ジャンプ2本を成功させ、勢いに乗る友野は会心の演技をやり切った。
どこか郷愁を誘うニューシネマパラダイスの曲調とマッチした滑りが印象に残る。
終わってみれば、自己ベストを更新する101.12点で3位につけた。

今回もきっちりと本領を発揮する、友野一希の“代打職人”ぶりには畏れ入る。
日本勢の表彰台独占は、友野一希にかかっている。

鍵山優真

いきなり得意の4回転サルコウで、満点に迫るGOEをマークする。
空中姿勢といい、着氷してからの流れといい、何という美しいジャンプなのであろうか…。

その後も、自己ベストを出した北京オリンピック以上の演技を見せる鍵山優真。
だが、トリプルアクセルだけタイミングに狂いが生じ、わずかに減点となってしまう。
その影響もあり、105.69点の2位でショートプログラムを終えた。
あのミスさえ無ければ、おそらく自己ベストを更新できたのではないか。

しかしながら、演技終了後に苦笑いを浮かべて、頭を抱えるおどけたポーズを見せる姿には余裕すら感じさせる。
調子は良さそうなので、明後日のフリーがますます楽しみになってきた。

宇野昌磨

私が観た中で宇野昌磨史上、最も素晴らしい演技だった。
大会に臨むにあたり、納得がいく練習が積めたとの言葉に違わぬ圧巻のパフォーマンスである。

ネイサン・チェン、羽生結弦に次ぐ、世界歴代3位の109.63点が出たのも頷ける。
ノーミスで滑り切っただけでなく、全てのエレメンツのクオリティが高かった。

高難度の4回転フリップ、トリプルアクセル、そして課題となっていた4回転からのコンビネーションジャンプも完璧に決めていく。
非の打ち所がないとは、まさにこのことだ。
元々、世界有数の表現者として定評がある芸術的要素も、さらに進化を遂げたのではないだろうか。
指先まで神経が行き届いた、滑らかなステップには思わず見入ってしまった。

演技が終わった瞬間、珍しく小躍りしながらガッツポーズする宇野昌磨。
よほど納得のいくパフォーマンスだったのだろう。
充実した表情が、ようやく理想の演技に近づけたことを物語っている。

今シーズン、宇野が磨きをかけてきたオーボエ協奏曲。
いよいよ完成の域に近づいたことを思わせる、そんなショートプログラムだった。


フリースケーティング

日本勢の表彰台独占とはならなかったが、宇野昌磨と鍵山優真のワンツーフィニッシュは素晴らしかった。

友野一希

表彰台がかかる勝負のフリーが始まった。
冒頭のコンビネーションジャンプ。
4回転トウループは着氷するが、セカンドジャンプはバランスを崩してしまう。
続く4回転サルコウも転倒するなど、ジャンプにミスが重なり得点を伸ばせなかった。

だが、演技終盤のコレオシークエンスは、ラ・ラ・ランドの陽気なリズムに乗せて観客を盛り上げた。
友野一希が見せたかった心に残る、素晴らしいコレオシークエンスだった。

フリーの演技は168.25点で、ショートとの合計269.37点は6位となる。
だが、合計得点は自己ベストであり、フィニッシュ後の笑顔がとても清々しかった。

“代打の神様”友野一希には、お疲れ様の言葉で労いたい。

鍵山優真

冒頭の4回転サルコウは、相変わらず世界最高峰の美しさである。
4回転トウループもだが、この2種類のジャンプは安定してGOEで+4以上を獲得する。
もはや羽生結弦と比べても遜色ないレベルといえるだろう。

オリンピックを見据えて今シーズンから取り入れた4回転ループは両足着氷になり、しかもダウングレードの判定で3回転とみなされる痛いミスが出た。
そして、後半のトリプルアクセルを跳び急ぎ、シングルになってしまった瞬間、優勝が遠のいた。

ショートに続き、今大会はトリプルアクセルが鬼門となる。
演技直後、顔を手で覆った姿に無念の思いが滲み出た。

だが、ミスが出てもフリーは191.91点と190点超えを果たすのだから、鍵山の実力は本物といえるだろう。
その証拠に、今大会はスピン・ステップとも全てレベル4を獲得した。

よく考えれば、鍵山はまだ18歳なのだから驚くばかりである。
ショートとフリーでいずれも2位となり、合計297.60の銀メダルで今大会を終えた。

宇野昌磨

フィギュアスケートの代表的楽曲ボレロ。
その名曲に溶け込むように、リンクを滑走する宇野昌磨。
ショートのオーボエ協奏曲同様、宇野にとってフリーの代表的プログラムといえるだろう。

冒頭の4回転ループをクリーンに決めると、次々と4回転ジャンプを決めていく。
空中姿勢のみならず、着氷後のスムーズな流れまで美しく、充実一途といった姿は全く危なげない。
開始から連続で跳ぶ4本のジャンプで、50点を超えてきた。

そして、演技後半に持ってきた高難度ジャンプ4回転フリップも完璧に決め切った。
4回転ジャンプ5本目となるトウループだけ着氷後にバランスを崩したが、何とか踏ん張った。

宇野自身も語るように、体力的に厳しいプログラムを最後まで攻め続けるスケーティングは、まるで魂が乗り移っているようである。
それを特に感じさせたのが、壮大な曲調がエンディングに向けてクライマックスを迎え、その旋律に乗せて氷上を舞うステップだ。
限界を超えた体力の中、精神の力で銀盤に美を体現し描いていく。

恩師・ステファン・ランビエールが愛弟子のために自ら振付をした名プログラムを、その恩師自身がガッツポーズするほどの出来栄えで滑り切った宇野昌磨。

演技構成点も全ての要素で9点台と評価され、全選手中トップをマークした。
得点は自身初の200点超えとなる202.85点を叩き出す。
ショートとの合計312.48点は、もちろんパーソナルベストである。
文句なしの完全優勝で、悲願の世界選手権初制覇を飾った。

超高難度プログラムだけあって、今回もパーフェクトとはいかなかったが、明らかに宇野昌磨は一段階上のステージに足を踏み入れた。

本当に素晴らしいものを見せてくれた宇野昌磨に心から感謝したい。



兄・宇野昌磨 弟だけが知っている秘密の昌磨

まとめ

今大会、日本人の表彰台独占に待ったをかけ、銅メダルを獲得したのがアメリカ代表のビンセント・ジョウだった。
グランプリシリーズでネイサン・チェンに平昌オリンピック以来となる黒星をつけたのも、このジョウである。
ところが、オリンピック本番では団体戦出場後に新型コロナウイルスにかかり、個人戦には無念の出場停止となってしまう。
その雪辱を果たしたジョウには、おめでとうの言葉を伝えたい。

それにしても、宇野と鍵山は切磋琢磨し合う、素晴らしいライバル関係といえるだろう。
羽生に対してはどこか弟分といった感じだった宇野だが、鍵山とはお互いに刺激を受ける好敵手といった雰囲気を思わせる。

高みへと挑戦を続ける、宇野昌磨と鍵山優真。
日本が誇る二人のトップスケーターの視界は、ますますもって良好だ。

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