フィギュアスケートGPシリーズ2022「カナダ大会」世界の檜舞台に戻ってきた紀平梨花





先日、フィギュアスケートGPシリーズ2022 第2戦「カナダ大会」が行われた。

男子シングルは宇野昌磨が逆転で制し、女子シングルでは渡辺倫果がグランプリシリーズ初出場にして初制覇を飾る。
ペアでは三浦璃来・木原龍一組が日本人ペアとしては初となる、グランプリシリーズでの優勝を成し遂げた

そして、怪我により北京五輪を断念した紀平梨花が、3年ぶりにグランプリシリーズに戻って来た。
結果は5位だったが、個人的には一番嬉しい出来事であった。

紀平梨花の歩み

昨年7月に右足首を疲労骨折し、北京五輪を断念せざるを得なかった紀平梨花。
今年5月、怪我の影響により再び痛みが出たため、3ヶ月氷に乗れない日々が続いたという。
それでも、9月の中部選手権で復帰を果たすと6位に入り、全日本選手権の出場権を獲得する。
だが、未だ怪我は完治しておらず、足と相談しながら日々を過ごしている。

私が紀平を初めて見たのは、2017年暮れの全日本選手権であった。
まだ15歳の彼女は、次々とトリプルアクセルを決めていく。
結果は3位だったが、間違いなく北京五輪を狙える逸材だと確信した。

翌シーズン、シニアデビューを果たすと、いきなりグランプリシリーズ2連勝を飾る。
そして、グランプリファイナルでも世界女王・アリーナ・ザギトワを破り、初制覇を果たす。
あっという間に、世界のトップスケーターに駆け上がった。

その後、エテリ・トゥトベリーゼ門下のロシア3人娘の台頭もあり、後塵を拝すことが多くなった。
だが、女子にも4回転時代の潮流が押し寄せる中、4回転サルコウを成功させるなどオリンピック本番に向けて態勢を整えていく。

オリンピック前、ロシア勢が唯一警戒していたのが、その紀平梨花だった。
トリプルアクセルに加え、前述した4回転サルコウもマスターしつつあり、スケーティング技術にも定評がある紀平の演技は、強豪ロシア勢の一角崩しを期待させた。

だが、高難度ジャンプに挑むのは、当然怪我のリスクも高まる。
ある大学の研究によると、最も難易度の高い4回転アクセルは着氷時、体重の8倍もの衝撃がかかるという。
かつて、10代の女子選手が4回転ジャンプを跳ぶことへの警鐘を、ラファエル・アルトゥニアンが鳴らしていたが、それを裏付けるデータの一つといえるかもしれない。
2019年に女子の世界選手権で初となる4回転ジャンプを成功させたトゥルシンバエアも翌シーズン以降怪我が治らず、そのまま引退している。
紀平の怪我の原因は分からないが、高難度ジャンプへの挑戦が無関係ではないだろう。

シニアデビュー後、紀平は足の状態が良くなく、ルッツジャンプが跳べないことがあった。
それでも、トリプルアクセルも決めるなど、質の高い演技をこなしていた。
なので、今回もオリンピック本番には間に合うと思っていた中での悲報に衝撃が走る。
何よりも、紀平の心中は察して余りある。

あれはシニアデビューして間もなくだったと思うが、紀平のインタビュー記事を偶然目にしたことがある。
私はそこに書いてある、紀平の言葉にショックを受けた。

「私はもう戻れない」

グランプリファイナルを制すまで上り詰めた紀平は、それこそ青春の全て、いや人生の全てをフィギュアスケートに捧げてきたに違いない。
加えて、フィギュアスケートは靴代や衣装代、遠征費など大きな金銭的負担がのしかかる。
それを賄うのは両親であり、金銭面だけでなく様々な形での家族のサポートは欠かせない。
即ち、自分の夢の実現のみならず、家族の想いも背負ってリンクに向かうのだ。
だからこそ、10代半ばの少女にはあまりにも似つかわしくない、悲壮感さえ漂う言葉が口をついたのだろう。

そうした彼女の決意を目にしていたこともあり、私自身も紀平のオリンピック欠場を受け止めることが出来ずにいた。

復活のリンク

久しぶりに滑るグランプリシリーズのショートプログラム。
冒頭のジャンプはアクセルだ。
紀平梨花といえばトリプルアクセルが定番であったが、ダブルアクセルを跳ぶ。
スムーズに着氷し、まずは幸先良いスタートを決めた。

だが、3回転&3回転のコンビネーションと3回転ループジャンプは転倒こそ堪えるも、大きくバランスを崩しGOEで大きく減点される。
スピンやステップでもレベル4を取りこぼし、得点は59.27点と伸び悩みショート8位の発進となった。
紀平の得点が50点台など記憶にない。
しかも、本来は6種類全ての3回転ジャンプを跳べたはずの紀平だが、右足に負担がかかるルッツとフリップは回避した。
それだけ、足の状態が思わしくないのだろう。
しかし、この舞台に戻って来たことが素晴らしい。

そして、フリースケーティング。
ショートプログラムに比べ、演技時間も長くジャンプの本数も増えるため、体力的にきつくなる。
だが、紀平はショートよりも格段に素晴らしい滑りを見せる。

ショートでは危うい場面が目立ったジャンプだが、フリーでは一転して7本とも全て決め、いずれも加点が付くクリーンな出来栄えだ。
難易度がそれほど高くない構成とはいえ、ジャンプの練習を始めてからそれほど日が経ってないことを考えると、さすが紀平梨花だと言わざるを得ない。
ステップシークエンスこそレベル3だったが、スピンは全てレベル4を獲得した。
演技構成点もショートよりジャッジ平均で0.5点以上伸ばす。
何よりも、紀平の滑りは得点以上に美しく感じた。

紀平は言う。

「周りにサポートされていることと、改めて試合に出られる幸せを感じている」

その言葉が示すように、演技終了後に笑顔がこぼれ、ガッツポーズも取る。
紀平梨花の全身から、今できる最善を尽くした充実感があふれていた。

フリーは125.06点の3位、ショートとの合計184.33点の5位で大会を終えた。
中部大会が6位だったことを考えると、グランプリシリーズでのこの成績は大躍進といえるだろう。
演技自体も滑る度に良くなっており、試合勘も徐々に戻りつつあるのではないか。

「必ず復活できる」と力強く語る紀平梨花は今、世界の舞台に戻って来た。

まとめ

カミラ・ワリエワのドーピング問題に端を発し、様々な物議を醸した北京五輪の女子シングル。
坂本香織が強豪ロシアの一角を崩し、表彰台に上がったことは記憶に新しい。
坂本の伸びやかでダイナミックな演技は、日本だけでなく世界のフィギュアスケートファンに感動をもたらした。

もちろん、私の胸中にも喜びが押し寄せるが、それと同時にワリエワの悲痛な姿を見ると複雑な気持ちにもなる。
そんな中、私のモヤモヤを吹き飛ばすような、素晴らしいニュースを耳にする。
紀平梨花がSNSで選手たちにメッセージを送ったのだ。

「この大きなプレッシャーの中、みんな本当におめでとう。テレビで観戦していて、とっても感動しました。私も早く怪我を完治させ、もっともっと強くなって戻ってきます!!」

私は紀平のこの行動に心から感銘を受けた。
4年前、あと一歩のところで平昌五輪出場を逃した樋口新葉は、とても試合を見る気持ちになれなかったという。
当然である。

自分が目指し続けた憧れの夢舞台をテレビ観戦することほど、残酷なものはないだろう。
にもかかわらず、紀平梨花は現実から目を背けず、これほどまでに素晴らしいメッセージを送ったのである。
紀平梨花の魂の美しさ、真っ直ぐな心根が身に沁みる。

紀平は4年後のミラノを目指すという。
羽生結弦と同じように、怪我と付き合いながらの戦いになるのかもしれない。
だが、紀平梨花らしい演技を完成させ、オリンピックのリンクで思う存分、躍動してほしい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする