競馬関係者にとって「夢の祭典」日本ダービー。
3歳馬の頂点を決めるレース史上、最も過酷で最も絶対能力を要求された戦いを制したのがキングカメハメハである。
雄大な馬体にして、揺らぐことなき不動の精神力。
キングカメハメハこそ、ダービー馬の冠にふさわしい「偉大なるターフの大王」であった。
キングカメハメハとは
キングカメハメハは松田国英調教師に鍛えられ、G12勝を挙げた後、故障により3歳秋で引退した。
馬主は相馬眼で有名な金子真人であり、改めてその慧眼には感心させられる。
デビューから2連勝を飾り、迎えた初重賞・京成杯では直線伸びを欠き3着に敗れた。
しかし、次戦以降、キングカメハメハは大器の片鱗を見せていく。
まず、すみれSでは0秒4差で圧勝する。
その内容は最終コーナーで自ら先行集団を潰しにかかり、トップに立つとグイグイと後続を突き放す、力の違いを見せつけるものだった。
さらに、重賞・毎日杯でも序盤から好位で追走し、前走のリプレイを見るかのように早め早めで前を捉えると、直線では一頭脚色が異なる完勝劇を再現した。
そして、キングカメハメハは初のG1となるNHKマイルカップに登場する。
さすがG1である。
2歳王者コスモサンビーム、皐月賞3着のメイショウボーラー、マイル重賞を連勝中のシーキングザダイヤなど、マイル戦を得意とする多士済済のメンバーが集結した。
そんな中、キングカメハメハは1番人気となる。
だが、2番人気シーキングザダイヤとほとんど差がなく、4番人気まで単勝7倍以内にひしめく混戦模様であった。
それはメンバーが強いだけでなく、キングカメハメ自体に距離不安があったのだ。
デビュー戦で1800mを走った以外、全て2000m以上のレースに出走していたのである。
それに加え、適性的にも距離が短くなって良くなるタイプとは思えなかった。
ただ、鞍上に主戦ジョッキーのアンカツ(安藤勝己)が戻って来たことは朗報だ。
降りしきる雨の中、3歳マイル王決定戦が始まった。
抜群のスタートを決めるもスーッと下げて、馬群の中段にポジションを取るキングカメハメハ。
アンカツのあまりにも自然でスムーズな位置取りは、さすが名手の手綱捌きである。
前半の半マイルは45秒6と速いペースで流れていく。
先頭集団が激しくやり合う中、「ターフの大王」は全く動じることなく、威風堂々といった趣である。
直線に入り、キングカメハメハは外を回った。
残り400mのハロン棒を過ぎ、エンジンをふかし出す。
ゴールまで200m地点で、先頭を捉えるキングカメハメハ。
すると、あっという間に他馬を突き放す。
その様は追えば追うほど、果てしなく伸びていきそうだ。
終わってみれば、2着に5馬身差をつける圧巻のレースだった。
タイムは1分32秒5のレースレコードを記録する。
しかも、良馬場発表とはいえ、雨を含んだ芝状態での1分32秒台は凄いの一言に尽きる。
距離不安もなんのその、圧倒的なポテンシャルを見せつけたキングカメハメハであった。
比類なき絶対能力
日本競馬界に革命を起こしたサンデーサイレンス産駒は、特筆すべき瞬発力でターフを席巻した。
まさしく、名刀やカミソリのごとき切れ味といえるだろう。
キングカメハメハも強烈な末脚を誇ったが、サンデーの馬たちとは一味違う。
何というか…単なる切れ味だけでなく、鉈のような重量感も感じさせるのだ。
カミソリは、刃を薄くあつらえることにより切れ味が増す。
だが、極薄の刃はスローペースの瞬発力勝負には無類の強さを発揮するが、絶対能力を問われる力勝負になると圧に耐えきれず折れてしまう。
一方、よく切れる鉈や斧は薪を一刀両断する切れ味も持ちながら、頑健な障害物や強烈な剣圧にさらされても刃こぼれすることはない。
極論を言うならば、パンチのスピードはあるが華奢な細腕と、どんな修羅場もねじ伏せる剛腕の違いであろうか。
好位から4角先頭に迫り、先行集団を木端微塵にし、追いすがる後続勢も完封する横綱相撲。
またある時は、レース前半は中段に控え、直線に入るや否や豪脚を一閃し、どこまでも伸び続ける末脚でライバルを圧倒する。
展開不問のキングカメハメハは、絶対能力を体現してみせた稀有な存在といえるだろう。
3歳秋、G2重賞・神戸新聞杯を完勝した後、キングカメハメハは“厩舎のお家芸”松国タイマーが発動し、屈腱炎のため現役を引退した。
本来ならば、次走は天皇賞秋へ向かう予定で、古馬との初対決が実現するはずだっただけに残念としか言いようがない。
その年、「天皇賞秋」「ジャパンカップ」「有馬記念」の秋G1三連戦を制覇したゼンノロブロイ陣営も、天皇賞秋を目前にし「一頭強い馬がいる」とキングカメハメハには一目置いていた。
そんな「ターフの大王」が、世間に現役最強を印象付けたのが「日本ダービー」である。
日本ダービー① 強力なライバル達
前走のマイルから一気に800m距離が延びる「日本ダービー」。
普通ならば不安要素にしかならないが、キングカメハメハには間違いなく条件が良くなると目されていた。
それを示すように、NHKマイルでは3.6倍だった単勝オッズが、ダービーでは2.6倍になっていた。
もちろん1番人気である。
3歳の若駒には厳しい東京のマイル戦から中2週しかないローテーションは、本来マイナス要因にしかならない。
しかも、キングカメハメハは5馬身差をつける激走を見せていたのである。
にもかかわらず、ファンは“買いのジャッジ”を下したということだろう。
この年の日本ダービーは“競馬の祭典”にふさわしく、優駿が名を連ねていた。
皐月賞を制したダイワメジャーでさえ、4番人気に甘んじた。
2番人気には皐月賞2着、3歳秋のジャパンカップ2着馬にして“道営競馬の星”コスモバルク。
そして、これら皐月賞1・2着組以上に手強い相手が控えていた。
その筆頭格が3番人気のハイアーゲームである。
ダービーと同じ東京競馬場の2400mを舞台とする、「G2青葉賞」を2分24秒1のレースレコードで完勝しての参戦である。
馬場差があるとはいえ、ダービーのレコードタイムが2分25秒3であることを考えると、十分勝ち負けできる能力を秘めていた。
5番人気のハーツクライも侮れない。
皐月賞こそ2桁着順で惨敗したが、前走のダービートライアル「G2京都新聞杯」では広々とした京都の外回りコースに条件が変わり、直線距離も延びたこともプラスに転じ、驚愕の上がり3ハロン33秒4で後方一気を決めていた。
間違いなく、直線距離が500m以上ある東京競馬場は条件が上向き、加えて母方の東京巧者トニービンの血統も受け継いでいる。
実は、このハーツクライ。
後に、有馬記念でディープインパクトに土をつけ、海外G1「ドバイシーマC」も制している。
いかに強力なライバル達が、キングカメハメハの前に立ちふさがっていたかが分かるだろう。
日本ダービー② 「大王」降臨
強力なライバル達が虎視眈々と世代の頂点を狙う一方、キングカメハメハ陣営は自信に満ちあふれていた。
ダービー初制覇がかかる鞍上の安藤勝己は、レース前にもかかわらず泰然自若としていた。
「特に乗り方に注文がつくわけでもないですし、本当に強いので誰が乗っても勝てる馬ですよ」
それぞれの想いを託す10万を超える大歓声が響く中、第71回「日本ダービー」がスタートした。
1枠1番マイネルマクロスが、皐月賞の憂さを晴らすように先頭でレースを引っ張った。
1コーナーを回るとグングン加速していき、一人旅の様相を呈している。
1000mの通過タイムは57秒6という、2400mのレースでは無謀とも思えるラップを刻んでいく。
ハイペースで推移していく中、キングカメハメハは中段やや前目の位置で追走する。
レース前、落ち着き払っていた「大王」はダービー本番でも揺れぬ心を体現し、どっしりと構えている。
レースは4コーナー手前で動き出す。
3番手を走るコスモバルクが仕掛けていき、早くも先頭に躍り出た。
あまりにも早すぎる仕掛けだが、有力馬をこのまま楽に行かせる訳にはいかない。
その動きに反応し、キングカメハメハは4角でコスモバルクに並びかける。
そして、序盤から「大王」をマークしていたハイアーゲームも、負けじとスパートする。
直線に入り、まずコスモバルクを振り落とすと、2頭による壮絶な叩き合いが始まった。
外からキングカメハメハが先頭に立つも、必死に食い下がるハイアーゲーム。
しかし、残り200mで完全にキングカメハメハがねじ伏せた。
誰もが、キングカメハメハの圧勝かと思われた刹那、後方一気でハーツクライが飛んで来た。
あっという間にハイアーゲームを抜き去って、キングカメハメハに追いすがる。
直線手前から追い通しのキングカメハメハに対し、足を溜めに溜めたハーツクライ。
だが、二枚腰を使ったキングカメハメハは1馬身半のリードを保ったまま、全く危なげなくゴール板を駆け抜けた。
勝ち時計は2分23秒3。
従来のタイムを一気に2秒更新する、ダービーレコードである。
あの極限の消耗戦の中で優勝候補たちを競り落とし、通常ならば精も根も尽き果てる場面で、世代屈指の末脚を武器に迫り来る刺客をいとも簡単に封じ込めたのだ。
キングカメハメハの底力、そして驚異の絶対能力には言葉もない。
レース後、安藤勝己はかく語る。
「自分はハーツクライにも騎乗経験があるので、あの馬の末脚は知っている。普通に強い馬ならば、展開が嵌まったハーツクライに呑み込まれたはずだ」
そして、改めて強調した。
「誰が乗っても勝てる馬。それがキングカメハメハですよ」
松田国英の悲願、「ダービー」と「NHKマイル」の変則G1二冠馬に、史上初めて輝いたキングカメハメハ。
今、9015頭の頂点に立つ「最強の大王」が降臨した。
まとめ
ハワイ諸島を初めて統一したカメハメハ大王にちなみ、命名されたキングカメハメハ。
まさに「大王」の如く、新緑が眩しいターフを絶対能力で支配した。
レースレコードで制したダービーの勇姿は、21世紀を代表する名馬と呼ぶにふさわしい。
そんな希代の名馬は、種牡馬としても大活躍する。
三冠牝馬アパパネ、G1レース6連勝で引退した“スプリント王”ロードカナロアなど、数多のG1ホースを世に送り出し、リーディングサイアーにも輝いた。
そして、種牡馬時代の最大のライバルといえばディープインパクトである。
日本競馬史上最強と称されるサンデーサイレンス産駒の最高傑作と、もし現役時代に相まみえたら…。
最強の瞬発力を誇る天馬に対し、切れ味だけでなく剛健さも兼ね備えるキングカメハメハ。
果たして世間が思うほど、単純な勝負になるのか疑わしい。
個人的な趣味嗜好が影響しているのは百も承知だが、「偉大なる大王」に1票投じてみたくなるのは私だけであろうか。