忘れ得ぬ名馬⑤「世紀末覇王 最大のライバル」メイショウドトウ ~最強のシルバーコレクター~





20世紀のフィナーレを飾る2000年、1頭の“世紀末覇王”がターフを統一した。
GⅠ5連勝を含む出走した8レース全てで勝利したテイエムオペラオーである。

そして、“世紀末覇王”最大のライバルとして名勝負を演じたのが、メイショウドトウであった。
2000年から翌年にかけて、GⅠレースでテイエムオペラオーと6戦連続ワンツーフィニッシュを決めるなど、まさに古馬中距離王道路線をライバルと共に駆け抜けた。

メイショウドトウとは

メイショウドトウは1999年1月、中央競馬でデビューする。
当初はダートを主戦場にしていたが、秋以降、芝レースへ転向した。

後のライバル・テイエムオペラオーが3歳春(当時は4歳表記)、早くもクラシック皐月賞を制した時には、ようやく500万下のレースで勝利を収めたばかりであった。
外国産馬のメイショウドトウには3歳クラシックの出走権はなかったが、そもそも実力的に遠く及ばなかった。

そんなメイショウドトウが実力を付けてきたのは古馬になってからである。
重賞初挑戦の日経新春杯で2着になると、中京記念で重賞初制覇を果たし、宝塚記念の前哨戦GⅡ金鯱賞でも勝利した。
続く初のGⅠレースとなる宝塚記念で、テイエムオペラオーと接戦を演じ2着となる。

以後、天皇賞秋・ジャパンカップ・有馬記念、翌年の天皇賞春とテイエムオペラオーに一歩届かず辛酸を舐め続ける。
そして、宝塚記念でライバルを破り、ついにGⅠ初戴冠を成し遂げた。

テイエムオペラオーとの戦い

ミレニアムを迎えた2000年、宝塚記念と天皇賞秋と続けてテイエムオペラオーの軍門に下ったメイショウドトウ。

その後も、テイエムオペラオーと名勝負を戦ったジャパンカップと有馬記念。
そして、初めてライバルを倒した宝塚記念の名勝負数え唄3レースを振り返る。

1.「ジャパンカップ」世界が認めた両雄

GⅠで2戦連続連対を果たしたメイショウドトウだが、ジャパンカップでは5番人気に甘んじた。
クラシック路線を賑わせたエアシャカールが3番人気、アグネスフライトが4番人気となったが、個人的にはメイショウドトウの方が上だとジャッジしていたので、むしろ有難い。

だが、1番人気のテイエムオペラオーは無論、侮れないのは2番人気の外国馬ファンタスティックライトである。
馬の実力も十分なうえ、鞍上には世界的名手ランフランコ・デットーリを迎えていた。
「デットーリが騎乗すると5馬身違う」といわれる凄腕は、脅威以外のなにものでもない。

私は悩んだ結果、本命ファンタスティックライト、対抗にテイエムオペラオーとメイショウドトウで馬券勝負に打って出る。
普段はボックス買いをするのだが、この日はファンタスティックライトに魅せられて本命から2頭に流すことにする。

各馬一斉にスタートし、メイショウドトウは通常運転とばかり、好位3番手につけている。
テイエムオペラオーは中段やや前目、ファンタスティックライトはその後ろをマークするよう走っている。
向こう正面でエアシャカールが後方から捲って来たが、オペラオーはまだ動かない。

東京の長い直線に入り、メイショウドトウが抜け出しにかかる。
すると、馬場の真ん中から“世紀末覇王”が追い上げた。
坂を上がり、残り200mを切ったところでメイショウドトウに並びかける。
だが、ピタリとマークしていたファンタスティックライトも外からやって来た。

僅かに前に出るテイエムオペラオーに食らいつくメイショウドトウ。
そして、最速の末脚で差してくるファンタスティックライト。
ゴール直前、3頭による激しい叩き合いの末、勝負根性を見せつけたテイエムオペラオーに凱歌が上がる。
2着はクビ差でメイショウドトウ、ファンタスティックライトはタイム差なしの3着に終わった。

レース後、デットーリはかく語る。

「前の2頭は、間違いなくワールドクラスの馬だった」

テイエムオペラオーは改めて強さを証明し、メイショウドトウもまた世界最高の騎手に脱帽させるレースを展開した。

2.「有馬記念」世紀末覇王の底力

前走ジャパンカップで惜敗したメイショウドトウ。
是が非でもミレニアム最終決戦・有馬記念で、ライバルに一矢報いたいところだろう。

勇壮なファンファーレに促され、メイショウドトウは外枠13番ゲートに入った。
外枠の影響もあったのか、その日ドトウは先行できず、後方からのスタートとなる。
だが、レースが進むにつれ、徐々に中段まで押し上げた。

一方、テイエムオペラオーは後ろから3頭目と後方待機策で構えている。
というよりも、オペラオーは包囲網にかかり身動きが取れない。
最終コーナーに差し掛かり、まだ後方にいるライバルを尻目に、中段から追い出しにかかるメイショウドトウ。
すると、僅かな隙間を“世紀末覇王”がこじ開けた。

「テイエム来た、テイエム来た、テイエム来た!」

アナウンサーの実況がこだまし、メイショウドトウをハナ差で差し切った。
テイエムオペラオーの着差以上の強さに、さすがのメイショウドトウも顔色無しである。

こうして、またしてもメイショウドトウは僅差で涙を呑んだ。

3.「宝塚記念」 悲願のGⅠ制覇

テイエムオペラオーは年が変わり21世紀に入っても、昨年に引き続き天皇賞春で勝利し、GⅠレース6連覇の偉業を達成した。
2着に入ったのが、戦前は距離不安を囁かれていたメイショウドトウであった。
これで、GⅠレース5戦連続2着という結果となる。

このまま一生、テイエムオペラオーに先着することは出来ぬのか…。
そんな思いを抱えながら、迎えたグランプリレース宝塚記念。
思えば1年前、オペラオーに初めて後塵を拝したのはこの舞台であった。
それ以来、臥薪嘗胆の日々を送ったメイショウドトウは、乾坤一擲の走りを披露する。

大歓声が鳴り響く阪神競馬場で、第42回宝塚記念のゲートが開いた。
好スタートを切ったメイショウドトウは、序盤はスムーズに折り合いながら4番手で進む。
かたや、テイエムオペラオーは馬群中段にポジションを取っていた。
前半1000mは61秒3、ややスロー気味のペースか。

1000mを過ぎるとラスト200まで11秒台のラップを刻む、淀みのない流れになっていく。
徐々に加速するメイショウドトウはその名のとおり、最終コーナーに向け“怒濤”のスバートを仕掛け、4角で早目先頭に躍り出る。
そのとき、テイエムオペラオーは馬群の中でもがいていた。

直線に入り、完全に抜け出したメイショウドトウに、“世紀末覇王”は外から追いすがる。
だが、4角の大外を回らされ、エンジンがかかったときには、すでにライバルはセーフティリードを取っていた。

ゴール前、杉本アナの実況が熱を帯びていく。

「ドトウ先頭!ドトウ先頭!ようやく来た来た、テイエムオペラオー!しかし、メイショウドトウ一矢を報いるか…ドトウか?ドトウか?オペラオーか!?ドトウだぁっ~!やったー!安田!」

強烈な末脚で猛然と迫り来るテイエムオペラオーを、1馬身1/4退けたメイショウドトウ。

その瞬間、場内のどよめきと共に、杉本アナが名調子で締めくくる。

「ドトウの執念、ドトウの執念だ!ついにメイショウドトウの執念が実ったか!」

鞍上・安田康彦の完璧な手綱捌きに導かれ、真っ先にゴール板を走破したメイショウドトウ。
ついに“世紀末覇王”を破り、悲願のGⅠ初制覇を成し遂げた。


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まとめ

2001年有馬記念。
奇しくも、世紀末に覇権を争ったメイショウドトウとテイエムオペラオーの2頭は、21世紀最初の年の最後のGⅠを引退レースに選ぶ。
結果はメイショウドトウが4着、テイエムオペラオーは5着で終わった。

翌年1月13日、メイショウドトウは京都競馬場で引退式を行った。
それは、“最大のライバル”テイエムオペラオーと合同で開かれた、最後の晴れ舞台であった。
やはり、メイショウドトウには“世紀末覇王”は欠かせない。

2000年4月に出走した「メトロポリタンS」から翌年6月の「宝塚記念」まで10レースにわたり、テイエムオペラオー以外には1度たりとも先着を許さなかったメイショウドトウ。
まさしく“最強の2番手“史上最強のシルバーコレクター”といえるだろう。

悲願のGⅠ初制覇となった2001年「宝塚記念」。
そのレースは、私にとって人生で最も感慨深いレースとなる。
なぜならば、メイショウドトウこそ、私が最も好きなサラブレッドなのだから…。

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