女子フィギュアスケーターたちの氷上の美しき戦いに続き、全日本フィギュアスケート選手権男子シングルが開催された。
優勝は羽生結弦、2位に宇野昌磨、3位が鍵山優真という結果で幕を閉じ、その3選手が北京オリンピックへの代表権を獲得する。
誰もが納得の選出であり、この3人ならば日本の表彰台独占も夢ではないほどの強力な布陣となった。
だが、結果云々よりも、私は試合内容に感銘を受けた。
4回転アクセルに果敢に挑戦した羽生結弦はもちろん、宇野、鍵山ともに全身全霊をかけてリンクを滑る姿は素晴らしいという言葉しか見当たらない。
ショートプログラム
鍵山優真は先の世界選手権でもネイサン・チェンに次ぐ2位となり、今年のグランプリシリーズでも2大会連続優勝を果たすなど、18歳ながら世界のトップを窺える逸材である。
父・正和氏がコーチを務めており、顔・背格好ともにそっくりな親子の姿は見ていて微笑ましい。
演技冒頭の4回転サルコウ+3回転トウループのコンビネーションジャンプをほぼ完璧に決める上々の出だしを見せる。
続く4回転トウループを転倒してしまうが、演技後半のトリプルアクセルは無難に決め、スピン・ステップも全てレベル4を獲得して演技を終えた。
最後のポーズを決めた後、頭を掻くしぐさを見せたとおり、ジャンプの転倒が悔やまれるが95.15点と3位につける。
宇野昌磨は、大会の8日前に足首を怪我した中での出場となる。
そんなハンデを背負いながら101.88点を出し、2位につけたのだから立派の一言に尽きる。
アクシデントに見舞われ、苦しい状態にもかかわらず、最初の4回転フリップを華麗に着氷する。
怪我の状態を鑑み、4回転サルコウに難易度を落とすかと思われた中での会心のジャンプは、とても3日間全くジャンプの練習ができなかったとは思えない。
その後も、4回転トウループ+2回転トウループのコンビネーションジャンプとトリプルアクセルも危なげなく決めた。
シーズンベストには僅かに届かなかったが、今できる最高の演技だったといえるだろう。
そして、何といっても羽生結弦である。
右足関節靱帯損傷により、グランプリシリーズも休んでいた中での今シーズン初お目見えである。
今回の怪我は平昌オリンピック直前に怪我した箇所と同じであり、平昌オリンピック以後もたびたび負傷している部位である。
ある意味、羽生にとっては慢性的に痛めている場所ともいえ、もしかすると完治することは難しいのかもしれない。
いくら羽生といえども、久々の実戦ということもあり、どのような滑りを見せるのか注目していた。
ところが、どうだ。
いきなり4回転サルコウで、GOE+4.7以上(出来栄え点4.57点)のジャンプを跳んだではないか!
5点満点のGOEでジャッジ平均+4.7を超えるということは、ほとんどの審判が満点をつけているということである。
そして、トリプルアクセルでもGOEで+4を獲得するなど、全ての要素を完璧にこなした。
得点が発表されると会場がどよめいた。
111.31点である!
私は、その総得点以上に演技構成点に驚かされた。
50点満点中49.08点だったのである。
さらに、驚愕したのが音楽の解釈で10点満点が記録されたのだ!
私のような素人には凄い演技だとしか理解できないことも手伝って、満点評価はさすがに盛り過ぎではないかとも思った。
しかし、国際スケート連盟の審判を長らく務めた杉田秀男氏のコメントを見て、納得せざるを得なかった。
「過去、僕は10点をつけたことがない。しかし、あの演技は間違いなく10点だったと思います。音楽に合わせて滑るんじゃなくて、彼の滑りの中に音楽がある」
羽生結弦、究極のショートプログラムであった。
フリースケーティング
頂を目指す者たち
まだ16歳の三浦佳生は、総合4位に入賞した。
フリースケーティングではジュニアでありながら、183.35点をマークする。
しかも、技術点は99.85点と宇野昌磨と1.79点しか違わず、あと一歩で大台に乗るところであった。
最初の4回転ループこそミスしたが、その他はノーミスといえる演技は見事である。
次のオリンピックは、間違いなく代表候補の一角を占めるに違いない。
17歳の佐藤駿も冒頭から4回転ルッツと4回転フリップを立て続けに決め、場内を沸かせた。
世界を見渡しても、これらのジャンプを1つのプログラムに組み込める選手はそうはいない。
その後はジャンプにミスが重なり、思うように得点を伸ばせなかったが、高難度ジャンプを跳べるポテンシャルは魅力にあふれている。
総合3位、フリースケーティングだけでいえば2位の197.26点を叩き出したのが鍵山優真である。
後半のトリプルアクセルがステップアウトしたのと、ステップシークエンスがレベル3になった以外は万全の演技だったといえる。
特に、見ていていつも思うのは、ジャンプの質の高さである。
父・正和氏が言うように、4回転サルコウと4回転トウループのクオリティに関しては世界でもトップクラスだろう。
今大会は構成から外したが、より高難度の4回転ループも跳べるので、まだまだ得点を伸ばせる余地がある。
オリンピック本番でも、十分に表彰台を狙えるのではないか。
そして、総合2位が宇野昌磨である。
怪我の影響もある中、構成を全く落とさずフリースケーティングに挑む。
しかも、4回転ジャンプ5本を跳ぶ、自身にとって過去最高難度のプログラムなのである。
前半からループ・フリップの高難度ジャンプを含む4回転3本を着氷していく宇野昌磨。
後半の4回転トウループでミスがあったものの、大会直前でのアクシデントがあったとは思えぬ演技に見入ってしまう。
なにしろ4回転以外の2本のジャンプもトリプルアクセルと、残りのトリプルアクセル+1オイラー+トリプルフリップのコンビネーションジャンプは演技後半に持ってきているのだ。
ボレロの曲にのって滑る宇野昌磨からは、何が何でもやり遂げるという気迫がほとばしる。
全く息の入らないプログラムを攻め続ける姿には、感動すら覚えてしまった。
キスアンドクライでも弾む息が収まらない様子からも、いかに本プログラムが体力的に厳しいかを物語っている。
万全とはいえない状態にもかかわらず、フリーで193.94点のシーズンベストを出したスピリットには脱帽である。
羽生結弦の挑戦
羽生のフリースケーティングに関してはショートプログラム同様、文句のつけようがない。
ジャンプ、ステップ、スピンの全てにおいて高いGOEがついたのも頷ける。
唯一、4回転アクセルだけがダウングレードに判定され、両足着氷したことによりGOEで大きく減点される。
それでも、フリーの得点は210点を越えた。
そもそも、この前人未到のジャンプに挑戦すること自体、フィギュアスケートの概念を覆すことに他ならない。
そして、練習でも成功させることは出来なかったが、これまでとは異なり跳べそうな雰囲気を醸し出していた。
事実、ロシアの名将アレクセイ・ミーシンは大会前「私が生きているうちは、4回転アクセルは誰にもできない」と断言していたが、羽生の挑戦を観た後「ジャンプは成功しなかったが、結弦は4回転アクセルの世界への窓を開けた」と称賛する。
私はこれまで、羽生結弦のことがあまり好きではなかった。
ルックスも良く、受け答えも聡明で、そして何よりもジャンプやスケーティングなど全ての要素が美しく、羽生は一見非の打ち所がないように思える。
だが、王子様然としたナルシストなしぐさ、少年のような笑顔を演じるための不自然なまでの作り笑いなど、一挙手一投足において芝居がかった言動に違和感を覚えていたからだ。
私にとって至上のものともいえる自然流とは対極に位置する振る舞いが、残念でならなかった。
それでも、やはり羽生結弦はフィギュアスケート界の至宝だと確信した。
フィギュアスケーターの、いや人間の限界に挑む姿は掛け値なしに素晴らしい。
その挑戦が昨日よりも今日、今日よりも明日というフィギュアスケートの発展に寄与するからだ。
右足首を幾度なく負傷し、爆弾を抱えながらも気の遠くなるような永劫の時間を、奇跡のジャンプの成功のために費やす羽生結弦。
努力、忍耐、そして怪我のリスクを冒してまで挑む勇気。
それは、アスリートの理想の姿ではないだろうか。
私は、羽生が4回転アクセルを跳ぼうとした瞬間に思ったことがある。
もちろん、歴史的瞬間を目撃したい気持ちはあったが、それ以上にどうか無事に降りて欲しいと念じたのだ。
どうか、羽生結弦という偉大なフィギュアスケーターの勇敢なる挑戦が、少なくともオリンピック本番までは怪我無くいって欲しいと切に願う。
まとめ
表彰台の3人の演技は、どれもが心に残る素晴らしいものだった。
宇野昌磨と鍵山優真、そしてヴィンセント・ジョウの3者は実力伯仲であり、オリンピックでは激しいメダル争いを繰り広げることと思う。
だが、金メダル争いは、やはり日米が誇る両雄が最有力なのではないか。
史上最高のフィギュアスケーター・羽生結弦。
そして、史上最強の4回転ジャンパーことネイサン・チェン。
彼らの北京オリンピックでの戦いが待ちきれないのは、私だけではないはずだ。