俳優・田中邦衛が本年3月24日、泉下の人となった。
享年88だった。
渡哲也に続く名優の訃報であり、残念としか言いようがない。
田中邦衛といえば、その風貌だけでなく、独特なキャラクターも魅力的だった。
人懐っこい笑顔や朴訥な人柄そのままの語り口が、多くの人々を惹きつけた。
彼が出演した映画「学校」の監督を務めた山田洋次は「善良が服を着て歩いているような人」と評し、田中邦衛の人間性を絶賛しているが、言い得て妙とはこのことであろう。
また、俳優業だけでなくCMにも多数出演し、特に「大正漢方胃腸薬」の歌って踊る姿は実にコミカルであり、お茶の間にユーモアを運んでいた。
若い頃の田中邦衛は個性的な風貌も手伝い、悪役やヤクザ役をたびたび演じていた。
そんな中、加山雄三主演の『若大将シリーズ』におけるライバル・青大将役をきっかけに、全国区となっていく。
以来、映画・ドラマに引っ張りだこになり、多くの作品の中で名演技を見せてきた田中邦衛だが、国民的ドラマ『北の国から』を抜きに語ることはできないだろう。
『北の国から』という作品は北海道の雄大な自然を舞台に、親子の心の交流を丹念に描いた不朽の名作である。
息子の純を演じる吉岡秀隆と娘の蛍役・中島朋子の初々しさ。
そして、今は亡き地井武男や、「初恋」の作中で心に残るトラック運転手を好演した古尾谷雅人など、素晴らしい役者が作品を彩っている。
だが、何といっても田中邦衛である。
主役の黒板五郎は田中邦衛にしか演じることができない、唯一無二の嵌り役であろう。
口下手でぶっきらぼう、そして決して器用な立ち回りができない黒板五郎だが、朴訥な人柄が滲み出る温かい人物像は、まさに等身大の田中邦衛を感じさせる。
その飾らない人柄を表すように、ロケ地でも地元住民をはじめ様々なファンと嫌な顔一つせず交流を図っていたという。
興味深かったのが、『北の国から』の脚本家・倉本聰が語った言葉である。
それは、田中邦衛を主役に抜擢した理由だ。
「黒板五郎役の候補はたくさんいた。その中で、邦さんが一番情けなかったので起用した」
その言葉を聞いて、私は在りし日の田中邦衛の姿が瞼に浮かび、あることに気がついた。
田中邦衛のあの情けなさがあればこそ、我々は『北の国から』というドラマに感情移入できたのだ。
そんな田中邦衛が逝ってしまった。
昭和に生まれ、昭和の空気の中で育った私にとって、また一人、かけがえのない昭和の匂いがする人がいなくなってしまった。
何だか、心にぽっかりと穴が空いたような気がする。
いつの日か、田中邦衛の代表作『北の国』のレビューを心の命じるままに書き綴ってみたいと思う。