去る12月23日と12月25日、さいたまスーパーアリーナで女子シングルが行われた。
本大会は、来年2月に開催される北京オリンピックの代表権をかけた試合でもある。
予定では12月9日から大阪でグランプリファイナルが開催されるはずであったが、新型コロナの影響で中止になってしまう。
こうしたこともあり、代表選考において全日本選手権はますます重要度が高まった。
4年に1度の夢舞台のチケットをめぐり、どの選手もフィギュアスケート人生を懸けた素晴らしい滑りを見せ、我々に深い感動を与えてくれた。
女子シングル 熾烈な戦い
今大会の女子シングルは、全日本選手権史上稀にみる白熱の戦いが繰り広げられた。
ショートプログラムでは、トップの坂本花織が79.23点をマークし2位に4.5点以上差をつけたが、2位樋口新葉から5位三原舞依まで1点差以内にひしめく大混戦となる。
この表彰台争いに、平昌オリンピック4位の宮原知子と今年のNHK杯2位の河辺愛奈も加わる。
ショートから中1日をおいて、選手たちの運命が決まるフリースケーティングが12月25日に始まった。
ここでも、坂本香織が他を圧倒する渾身の演技で観客を魅了した。
技術点ではスピンやステップなど全ての要素でレベル4を獲得する。
そして、坂本ならではのダイナミックなジャンプはGOEでプラス3~4をコンスタントに叩き出し、時にはプラス4を大きく超える出来栄え点もついた。
演技構成点でも75点に迫るなど、技術・芸術性のいずれも文句のつけようのない滑りに終始し、完全優勝を成し遂げた。
仮に紀平梨花が出場したとしても、勝負の行方は全く予断を許さなかったことだろう。
2位はトリプルアクセルという武器を手に入れた樋口新葉である。
ショート2位で迎えたフリースケーティング最初のジャンプで、トリプルアクセルに挑むが着氷で態勢を乱す。
だが、何とかこらえて、減点を最小限度に留めたのが非常に大きかったのではないか。
冒頭から転倒していたならば得点を大きく落とすだけでなく、その後の演技にも影響を与えかねない。
前回のオリンピックをあと一歩のところで逃した悔しさが、ギリギリの粘りを生んだのかもしれないと感じた。
その後はジャンプをはじめ、ノーミスの演技で大舞台を滑り切る。
特に、樋口の演技を見て感動したのは、ジャンプを全て跳び終えた後のステップシークエンスとコレオシークエンスである。
4年間の苦しみから解き放たれたように、全身で喜びを表現しリンクを駆ける樋口新葉。
尋常でないプレッシャーがかかる大舞台で、あれほどまでに幸せそうな表情で滑るフィギュアスケーターを、私は見たことがない。
演技終了後の樋口のあふれ出る涙を見るにつけ、全日本選手権という大会に懸ける選手たちの思いの強さを改めて感じた。
今大会の素晴らしさを表すのは、3位争いも紙一重の激戦だったことである。
ショートプログラムを終え、3位河辺愛奈が74.27点、4位宮原知子が73.76点、5位三原舞依が73.66点という僅差であり、3者ともほとんどミスのない滑りを見せていた。
そして、この接戦はフリースケーティングでも続く。
三原はジャンプが抜けてしまい、宮原もジャンプで転倒し回転不足も目立つなど、両者とも本来の出来からは今一歩でフィニッシュする。
結局、4位三原と5位宮原は僅か0.35点の差しかつかずに大会を終えた。
3位に食い込んだのは、17歳の伏兵・河辺愛奈である。
フリースケーティングでは、トリプルアクセルを素晴らしい出来栄えで決めたあと、後続のジャンプに苦しみながらも何とか大崩れすることなく踏ん張った。
命運を分けたのは、ショートとフリーの両方で決めた大技トリプルアクセルといえるだろう。
やはり、基礎点が高いジャンプを2本決めると、大きな得点源となる。
4位三原とは2.79点差という僅差で表彰台に上がった。
紀平梨花の欠場
大会を目前にして、ショッキングなニュースが飛び込んでくる。
それは、日本女子のエース紀平梨花が右距骨疲労骨折のため、欠場することが決まったのだ。
得意のトリプルアクセルだけでなく、公式戦で4回転サルコウも決めるなど、唯一ロシア勢に対抗できる存在だっただけに残念でならない。
これにより、紀平梨花の事実上の北京オリンピック出場の道が閉ざされることとなった。
私はこの報せを聞いて、彼女の無念を思わずにはいられなかった。
以前、紀平梨花の特集記事を読んだことがある。
世界の頂点を目指す紀平は、青春の全てを捧げてリンクへと向かう日々を送る。
また、フィギュアスケートを続けるためには衣装代や遠征費用など莫大な費用がかかるため、両親にも経済的負担がのしかかる。
「私は、もう後戻りできない」という紀平の発言は自分だけでなく、家族も一丸となってフィギュアスケートという過酷な競技に臨んでいるからである。
そんな背景を抱えながら、4年間の努力の結晶が露と消えてしまうのだ。
まるで、紀平に襲った悲劇は最後のオリンピック出場となるトリノ五輪の直前に、怪我による辞退を余儀なくされたミシェル・クワンのようではないか…。
その失意の程は、いかばかりであろう。
しかし、そんな中、紀平梨花は競技終了後に前向きなコメントを発信する。
「この大きなプレッシャーの中、みんな本当におめでとう。テレビで観戦していて、とっても感動しました。私も早くけがを完治させてもっともっと強くなって戻ってきます!!わたしもがんばります!」
私は、この紀平のツイートに胸がいっぱいになった。
普通ならば、ショックのあまり、テレビ観戦などする気にもなれないだろう。
本来、自分がスポットライトを浴びていたはずの場所である。
とても直視など出来ないはずではないか。
にもかかわらず、目を背けたくなるような現実を受け入れて、しっかりとライバル達の戦いを見届けていたのだ。
それだけでも驚きを禁じ得ないのに、祝福の言葉を送り、リンクに戻って来るという前向きなメッセージまで添えているのである。
紀平梨花はフィギュアスケーターとしてけでなく、人としても超一流だと痛感させられた。
まとめ
紀平梨花の欠場というアクシデントで始まった全日本フィギュアスケート選手権女子シングル。
ところが、いざ蓋を開けてみるとオリンピック代表選考という重圧の中、歴史に残る名勝負が演じられた。
1位の坂本花織と2位の樋口新葉の代表は国際大会の実績もあり、すんなりと決まったに違いない。
残り1枠は、河辺愛奈と相成った。
宮原知子、そして三原舞依にも、オリンピックの舞台に立って欲しかったという思いがこみ上げる。
それは、彼女達にもそれぞれの物語があるからだ。
だが、個人的にはこれが一番納得のいく選出だと感じる。
もちろん、様々な意見もあるだろうが。
代表権を獲得した選手たちには、紀平梨花、三原舞依、宮原知子、そして全ての日本人フィギュアスケーターの分も北京で頑張ってほしい。
幸運を祈る。