ウィンブルドン2023男子シングルス決勝 「アルカラスvsジョコビッチ」~新しい時代の風~





先日行われたウィンブルドン選手権2023。

中でも、男子シングルス決勝はテニス史に残る名勝負となり、大会5連覇を目指すジョコビッチに弱冠20歳の新鋭カルロス・アルカラスが勝利する。

アルカラスはベッカー、ボルグに続く、史上3番目の若さでウィンブルドンを制覇した。

カルロス・アルカラスとは

カルロス・アルカラスは2003年5月5日にスペインで生まれる。
若くして頭角を現したアルカラスは19歳にして2022年全米オープンで初優勝し、ATPランキング導入後初となる10代での世界ランキングNo.1に輝いた。

同郷の英雄ラファエル・ナダルに憧れを抱きつつも、そのプレースタイルはよりアグレッシブといえるだろう。
200㎞を優に超えるサーブに加え、強力無比なフォアハンド。
そして、ナダルを彷彿とさせる俊敏なフットワークでコートを縦横無尽に駆け回る。

ウィンブルドン決勝後のジョコビッチのコメントにもあるように、まさに「フェデラーとナダル、そしてジョコビッチの長所を併せ持つ」次世代のスーパースターである。

所感

ジョコビッチとフェデラーが死闘を演じた2019年ウィンブルドン決勝以来、グランドスラム大会からご無沙汰の私が、アルカラスの名前を耳にしたのは2022年9月のことだった。
19歳で全米オープンを制した新鋭を、そして新しい時代の幕開けを見届けるように引退したロジャー・フェデラー。
“新星”の誕生と“生ける伝説”の退場の鮮やかなコントラストが、とても印象に残ったことを思い出す。

聞けば、芝の大会は4試合目だというではないか。
ウィンブルドンは今年で3回目、前哨戦のクイーンズ・クラブ選手権に優勝して今大会に臨んだ。
ジョコビッチも語っていたように芝の経験が浅いこともあり、アルカラスはまだジョコビッチには通用しないと思っていた。
ところが、大会5連覇を目指す王者と真っ向から打ち合って、堂々たる勝利を収めてしまう。

サーブも強力なのは知っていたが、勝負どころで135mph(時速217㎞)ものスピードを計測したのには驚いた。
そして、解説の辻野隆三も度肝を抜かれたフォアハンドのリターンは、私も今まで見たことのないものだった。
フットワークでも「これに追いつくのか!?」と目を見張るコートカバーリングを何度も見せつける。

だが、最も驚かされたのは心の強さかもしれない。
コートカバーに定評があるジョコビッチ相手にも、臆することなくドロップショットを敢行する。
それも痺れるような場面でだ。
それを象徴するのが、最終セット5-4で迎えたアルカラスのサービスゲームのことだった。
ドロップショットをネットにかけて、大事なファーストポイントを失ってしまう。
ところがどうだ。
その直後に再びドロップショットを仕掛け、見事にポイントを奪ってしまったではないか。
あらゆるテニスの大会で最も権威あるウィンブルドン決勝で、あの度胸満点のプレーはとても20歳の選手とは思えない。

また、強者に必須の要素である修正力も素晴らしい。
初のウィンブルドン決勝、しかも絶対王者ジョコビッチ相手に最初のゲームを1-6で落とす、最悪のスタートで始まった。
普通ならば、なすすべなく敗退してもおかしくない。
だが、そこからリズムを変えるべく、ネットプレーを多用し流れを引き寄せた。
そして、第2ゲームは6-6となり、タイブレークに無類の強さを誇るジョコビッチを接戦の末に打ち負かす。

さらに、第3セットは第5ゲームで山場を迎えた。
アルカラスが3-1でリードした、ジョコビッチのサービスゲームである。
13回のデュースの末、25分を超える激闘を制したのは、またもやアルカラスだったのだ。
勢いに乗ったアルカラスは、このセットを6-1で圧倒する。
結果だけ見ればアルカラスの一方的なセットだが、もしあそこでジョコビッチが競り勝っていたら、どうなっていたかは全く分からない。

しかし第4セットに入ると、あれだけイージーミスを連発していたジョコビッチが引き締まったテニスを展開し、6-3で取り返す。
流れ的には完全にアルカラスだったにもかかわらず、さすがとしか言葉が見当たらない。

最終的に明暗を分けたのは、第5セットの序盤だろう。
第1ゲームをサービスキープし、第2ゲームでブレイクポイントを握るジョコビッチ。
だが、ここでアルカラスの驚異の粘りの前に、後一歩でブレイクできずに終わる。
それとは対照的に、続く第3ゲームでアルカラスはワンチャンスをものにして、見事にジョコビッチのサービスを破ったのである。

このワンブレイクを守り切ったアルカラスに、テニスの聖地で女神が微笑んだ。

まとめ

今回の両者の戦いは1980年のボルグvsマッケンロー、2007・2008年のフェデラーvsナダル、2019年のフェデラーvsジョコビッチにも勝るとも劣らない、ウィンブルドンの歴史に刻まれた名勝負となった。

試合終了後、恒例のスピーチが始まった。
優勝者のアルカラスは若者らしく爽やかで、とても明るい雰囲気の好感が持てるものだった。

しかし、私はノバク・ジョコビッチの姿に、より心を動かされた。
個人的にはあまりジョコビッチは好きでなく、この試合でも怒りに我を忘れ、ポールにラケットを叩きつけ破壊した。
せっかくの好試合に水を差す蛮行に、テレビの前の私は辟易とさせられる。

そんな中、激戦の直後にマイクを向けられ、話し始めるジョコビッチ。
敗北の痛みを引きずりながらも、新王者に対して再三再四にわたり称賛し祝福する。
そして、家族に視線を向けると子ども達の姿が目に入る。
その瞬間、堪えきれぬ思いが込み上げ、ジョコビッチは涙した。

最後に涙を拭い、ジョコビッチはこう言った。

「もっと…強くなりたい」

ありとあらゆる富と名誉を手に入れた、36歳の王者が放った言葉。
その飽くなき向上心に、私は頭が下がる思いがした。

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