東京オリンピック名勝負⑯ 陸上トラック競技最終日 ~宴の終焉~




東京オリンピック大会16日目、国立競技場を主戦とする陸上競技が最終日を迎えた。

翌日に男子マラソンや他の種目も残されてはいるものの、長かったオリンピックが終わりを告げる一抹の寂しさは隠せない。

だが、そんな感傷に浸る間もなく、アスリートたちは5年間の思いの丈をぶつけるが如く、素晴らしい戦いを見せてくれた。

女子10000m 廣中璃梨佳の力走

ここまで、陸上のトラック競技ではメダルこそないものの、若い力が台頭し日本陸上史に残る偉業を達成してきた。
男子3000m障害では三浦龍司が7位に入る大健闘を見せると、女子1500mでも田中希実が4分を切る力走で8位入賞を果たした。

そして、もう一人、この人を忘れてはならない。
それは、女子5000mで日本記録を更新し9位となった廣中璃梨佳である。

廣中は、今日もトレードマークの白い帽子を被って入場する。
レース直前に、同じ日本代表の新谷仁美、安藤友香とグータッチで健闘を誓い合う。

女子10000mも、オランダのハッサンを筆頭に世界の強豪がひしめいている。
だが、廣中はスタートから先頭に躍り出る。
大舞台でも臆することなく、積極的なレースを仕掛けていく。
その後ろを新谷仁美がピタリとつける。

レースが進み、世界記録保持者のギデイや、スタート直後は最後尾を走っていたハッサンが上がってきた。
廣中は3000mを5位で通過する。
先頭はギデイとなり、世界記録保持者がレースを引っ張る形となる。

中盤に差し掛かり、ギデイがペースを上げると先頭集団から徐々に脱落していく。
まだ、廣中は食らいついている。

この高温多湿の悪条件の中、1周71秒前後のラップを刻む世界のトップランナーたち。
さすがの廣中も、レース中間の5000mを迎える前に遅れだす。
すると、トレードマークの帽子を投げ捨て、気合を入れ直した。

5000mを過ぎ、さらにペースが加速する。
この段階で先頭集団は周回遅れに追いつき、次々と抜いていく。
あれだけいた集団が4名に絞られ、7000mを過ぎるとさらに一人脱落した。
廣中は先頭と33秒差だが、十分入賞を狙える位置につけている。
残り6週、一度は遅れをとった廣中が7位集団に追いついた。

ラスト1周、終始先頭を走るギデイの様子を窺うハッサン。
すると、満を持してハッサンがスパートをかけた。
直線に入り、スピードで勝るハッサンにギデイはついていけない。
後ろから追いすがるゲザヘグネも振りほどき、ハッサンが先頭でゴールした。
5000mで金、1500mで銅を獲得したハッサンは、実に今大会6本目のレースであった。

そして、ラストスパートをかける廣中璃梨佳は直線を向いたところで、2019年世界陸上5000m銅メダリストのクロスターハルフェンを抜き去り、7位入賞でフィニッシュする。
世界の強豪を相手に堂々たるレースを展開した廣中璃梨佳。
今大会、田中希実の陰に隠れがちではあるが、まだ3戦目の10000mでの入賞は偉業である。
さらに、この大舞台で自己ベストを約10秒も更新したのだ。
ぜひ、田中希実とともに日本女子陸上界を牽引していって欲しい。

最後に、21位の新谷仁美と22位の安藤友香にとっては不本意なレースだったかもしれない。
だが、次々と選手たちが棄権していく過酷な条件下にあって、苦しみながらも最後まで諦めず走り切った姿に胸を打たれた。

女子走高跳

陸上フィールド競技の最終日に行われるのが、女子走高跳である。
短距離走のスプリンターとは趣を変え、均整の取れたスラリとした長身から繰り出す、全身これバネという跳躍が美しい。

この種目の優勝候補筆頭は、2015年から世界選手権3連覇中のロシアのマリヤ・ラシツケネである。
前回のリオ五輪ではロシアの組織的なドーピング問題の余波を受け、出場が叶わなかった。
そんなラシツケネは自己ベストが2m6㎝であるにもかかわらず、1m96㎝を辛くも最終3回目でクリアし九死に一生を得る。

いまひとつ調子が上がらないラシツケネを尻目に、好調な跳躍を見せたのがオーストラリアのマクダーモットである。
ラシツケネが、いずれも1回目に失敗した1m98㎝と2mを一発で決める。
そして、自己ベストを更新する2m2㎝も成功させるなど、本競技を盛り上げた最大の功労者がマクダーモットといえるだろう。

勝負の結果は、徐々に本来の調子を取り戻したラシツケネが2m2㎝を1回で成功させると、2m4㎝もクリアし悲願の金メダルの栄誉に輝いた。
金メダルが決まった瞬間、嗚咽を漏らし号泣するラシツケネ。
今大会も、ロシアオリンピック委員会としての出場であり、表彰式で国旗を掲げることはできない。
それでも、金メダルの重みは何ら変わらない。

私は迂闊にも男子の走高跳を見逃してしまったが、女子だけでも見ることができ幸いであった。
そして、なぜか女同士の戦いにもかかわらず、1992年バルセロナ五輪の男子走高跳におけるハビエル・ソトマイヨールとパトリック・ショーベリーの激闘を思い出した。

アリソン・フェリックス

陸上トラック競技のフィナーレを飾るのが、1600mリレーである。
そのアメリカ女子チームのメンバーとして、陸上界のレジェンドが登場する。

昨日、私は女子400m決勝を観戦していて、懐かしい選手の走りに感慨もひとしおであった。
その選手とは、陸上ファンならお馴染みのアリソン・フェリックスである。
世界陸上の放送中、織田裕二が異常なテンションでファンを公言しながら騒ぎ出す、あのアリソン・フェリックスである。

彼女は2004年のアテネ五輪に18歳で初出場し、200mで銀メダルを獲得して以来、通算で金メダル7個・銀メダル3個・銅メダル1個という金字塔を打ち立てた。
特に、印象深いのは2012年ロンドン五輪である。
世界陸上では幾度なく頂点に立ったアリソン・フェリックスだが、どうしてもオリンピックではあと一歩のところで涙を呑んでいた。
3度目の五輪にして、ようやく個人種目としては初となる200mの金メダリストに輝いたのである。

その彼女が結婚し出産を経て、5度目のオリンピックの舞台に戻ってきたのだ。
だが、さすがに35歳という年齢となり、今回は個人種目での表彰台は難しいと思っていた。
ところが、アリソンは序盤から積極的に飛ばすと、中盤で失速しながらも後半で巻き返し、3位に浮上するとそのままゴールを駆け抜けた。
35歳にして49秒台を叩き出す、アリソン・フェリックス。
これで金銀銅全てのメダルをコンプリートした。

そのアリソン・フェリックスが有終の美を飾るべく、最後のオリンピックレースに挑むのだ。
と同時に、アメリカのオリンピック7連覇もかかっている。
ちなみに、アメリカチームは全員金メダリストという超豪華メンバーである。

第1走者からトップでバトンを受け取るアリソン・フェリックス。
軽やかで、しなやかな彼女らしい走りで快調に飛ばしていく。
さらにリードを広げて、第3走者にバトンを渡した。

世界記録も視野に入れるアメリカは独走態勢を築く。
結局2位に3.68秒差をつける圧勝劇だった。
ここまで、強いとは…。

アリソン・フェリックスはオリンピックのラストランで、見事に有終の美を飾った。

まとめ

国立競技場の最終種目、男子1600mリレーは陸上王国アメリカが優勝を果たし、大団円を迎えた。
これまで、陸上競技では精彩を欠いたアメリカだが、最後は意地を見せる。

長かったようで短かった、陸上トラック競技の全日程が終了した。

無観客の競技場は空席が目立ち、本来ならば熱き戦いに大声援が鳴り響いたことだろう。
だが、どんな環境でもアスリートたちはベストを尽くし、我々にスポーツの素晴らしさを伝えてくれた。

4年に1度、今大会はさらに1年延びたスポーツの祭典には、賛否両論渦巻いた。
されど、人生を懸けて戦いの場に臨んだ選手には、只々お疲れ様と、ありがとうの言葉しか見つからない。

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