“ゴルフの祭典”マスターズ ~松山英樹 悲願のメジャー初制覇への道~ 後編




最終日

日本時間の午前3時40分、ついに松山英樹はマスターズの最終ラウンドに出発する。
しかし、いきなり1番ホールの第1打を林に打ち込んでしまう。
スタートからトラブルに見舞われる松山はこのホールをボギーとし、スコアを10アンダーに落とす。

7アンダーの2位タイでスタートした初出場のザラトリスが、1番、2番と連続バーディを奪ったこともあり、4打差あったにもかかわらず、あっという間にその差1打に縮まった。
開始早々、風雲急を告げる展開が訪れる。
これが、ゴルフの怖さなのであろう。

それにしても、よく晴れた青空に真っ白な雲が広がる絶好のゴルフ日和の中、木々の合間から聞こえる鳥たちのさえずりが何とも心地良い。
一時は、開催そのものが危ぶまれた本大会だが、こうして無事最終日を迎えることができ、名手達のプレーを堪能できる幸せを感じずにはいられない。

続く2番のロングホールではセカンドショットをバンカーに入れるも、見事なリカバリーを見せ、バーディを取り返しスタート時点の11アンダーに戻す。

難しいホールが続く中、松山は5番のpar4で再びをピンチ迎える。
テイ―ショットをバンカーに入れ、ようやく第3打でグリーンに乗せるが、まだ距離をだいぶ残している。
しかし、今大会の松山はパットの安定感が素晴らしい。
下半身が全くぶれないストロークから放たれたボールは、5.2mの距離をものともせず、勢いよくカップに吸い込まれた。

精悍な表情の中に、時折見せる笑みが、松山の充実ぶりを表している。
同じ最終組で回る世界ランキング6位のシャウフェレが、オーガスタの罠に嵌まりスコアを崩していくのとは対照的だ。

6番と7番で惜しいバーディパットを外したが、8番のpar5でしっかりバーディをものにすると、9番でもセカンドショットをピンにピタリとつけ、連続バーディで前半の9ホールを締めくくる松山英樹。
スタート直後は1打差まで迫られていたというのに、気がつくと2位に5打差をつけているではないか。
風格さえ漂う松山英樹のプレーが頼もしい。

アーメンコーナーの入口である11番を無難にパーセーブし、2位ザラトリスがボギーを打ったため、ついにその差が6ストロークにまで広がった。

そして、「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」の難コースの中でも、最も難易度の高い12番に向かう。
このホールは距離も155ヤードと短く、一見するとチャンスホールにしか思えない。
しかし、グリーン手前の池、ここしかないという場所に構えるバンカー、奥にはブッシュが待ち受ける。
様々なトラップが用意周到に張り巡らされる中、最もゴルファーを悩ませるのが風である。
ボールが軌道を描いて飛んでいく上空では、ティーグラウンドやグリーン上のピンフラッグとは全く違う風向きになることも多々あり、風を読み切ることは不可能に近い。

最大の難所を迎え、大差のリードを取り余裕を持ってプレーできただけでなく、最も厄介な風が弱まったことも松山に幸いした。
結局ボギーになってしまったが、池に落とすことなく通過できたのは上出来といえるだろう。

アーメンコーナー最後の13番でも、松山に幸運が続く。
テイ―ショットが林に突っ込む寸前で、松の木に当たり戻ってきたのだ。
そして、第2打もグリーン左に大きく外し、植え込みに入ってもおかしくないところを、土手に当たって跳ね返ってくる。
すると、第3打のアプローチを完璧に決め、バーディパットを沈めた瞬間、大きくマスターズチャンピオンに前進した。

本来ならば大ピンチに陥ってもおかしくない場面を乗り越え、転がり込んだチャンスを生かしたのは、もちろん松山の実力である。
しかし、気まぐれな“オーガスタの魔女”が松山英樹をマスターズの新しいチャンピオンとして認め、手を差し伸べたかのようなシーンにも感じた。

ところが、楽勝ムードが漂う中、松山は15番でこともあろうか、池に打ち込んでしまう。
このホールをボギーにし、バーディでまとめたシャウフェレに2打差まで迫られる。
一時は、通算4アンダーまでスコアを落としたシャウフェレだが、12番から4連続バーディを奪い、10アンダーまで追い上げてきたのだ。
なんという底力であろうか。

やはり、マスターズに勝つのは簡単ではない。

オナ―で16番のテイ―グラウンドに立つシャウフェレの視界に、松山の背中がはっきりと見えてきた。
ここで、さらなる猛チャージをかけ、松山にプレッシャーをかけたいところだ。
ところが、そんなシャウフェレに悲劇が襲う。
アドレスに入ると、突如強風が吹き始める。
これでクラブ選択を迷った末にテイーショットを打つと、無情にもボールが池に落ちてしまう。
一気に3ストローク落としてしまい、完全に優勝争いから脱落した。

シャウフェレ痛恨の16番。
だが、これも“オーガスタの魔女”の気まぐれだったのかもしれない。

このホールで安全圏内に入った松山が、悲願のマスターズ制覇を果たすのであった。

素晴らしきライバル

松山英樹のほかに、とても心に残った選手がいる。
それは、最終組で共にラウンドしたザンダー・シャウフェレである。

解説の宮里優作の弁にもあったように、松山が良いボールを打つたび「ナイスショット」と声をかけていた。
優勝争いをしている最大の敵にもかかわらず、惜しみないエールを送るフェアプレー精神。

前半のラウンドであれだけ苦しんだにもかかわらず、中盤から持ち直す修正力。
序盤早々に大差をつけられグリーンジャケットが遠ざかり、諦めてもおかしくない状況でもベストを尽くす折れない心。
そして、小気味いいプレースタイル。

シャウフェレという好漢と同じ組で回れたことも、松山には吉と出たのかもしれない。

実は、2019年にタイガー・ウッズが優勝した大会で惜しくも2位でフィニッシュし、試合後ウッズに対し深い敬意を示して祝福したのもシャウフェレだったのである。

こういった素晴らしい選手と出会えるのも、メジャー、そしてマスターズの魅力の1つだろう。

まとめ

最終18番ホール。
松山英樹はセカンドショットを打ち終え、グリーンへと向かうため「オーガスタの丘」を越えていく。
すると、パトロン達がスタンディングオベーションで出迎えているではないか。
入場制限が設けられ、例年よりもはるかに少ない人の数だが、感動的な光景であった。

私は、「“ゴルフの祭典”マスターズは、素晴らしいコース、素晴らしいテーマソング、そして何よりも素晴らしい名手達(マスターズ)が揃ってこそだ」と前述した。
訂正させていただきたい。
そこに、ゴルフを心から愛して止まないギャラリーの存在があってこそ、マスターズを“ゴルフの祭典”たらしめるのだと。

温かいパトロンの拍手に、感無量の表情を浮かべる“マスターズチャンピオン”松山英樹。
思えば、2011年、19歳で初出場を果たした際に日本人初のローアマチュアを獲得してから、10年の歳月が経つ。
当時、東北福祉大学に通っていた彼は震災直後ということもあり、出場するか悩んだという。
その松山の背中を押したのが、震災で甚大な被害を受けた東北の人々だった。
その後押しがあればこそ、今の自分があるのだと松山は語る。

その後、プロデビュー1年目でいきなり賞金王を獲得すると、若くしてPGAツアーに乗り込み結果を残してきた。
だが、それは不断の努力の賜物であり、プレー終了後に誰よりも遅くまで残り、ひとり黙々と練習に打ち込む日々を送ってきたからなのだ。
短いようで長かった、きっと苦難に満ちた道のりだったことだろう。

松山英樹の優勝が決まると、小笠原アナウンサーの実況がみるみるうちに涙声になっていく。
そこにいた中島常幸も感動のあまり号泣して、声にならないではないか。
いや、彼らだけでなく、宮里優作も涙が止まらない。

大の男達が涙を堪え切れない姿はマスターズに勝つことの重みを、どんな言葉よりも雄弁に伝えていたのではないだろうか。

連日暗いニュースばかりの閉塞した日本にあって、松山英樹のマスターズ初制覇は我々日本人の心に勇気と、何よりも歓喜という名の一筋の明るい灯を照らした。

P.S 私の駄文長文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
深く感謝申し上げます。
松山英樹が成し遂げた偉業に対し、読者の皆様と共に喜びを分かち合えたならば、これに勝る幸せはございません。

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