第72期王将戦羽生善治永世七冠 ~歴史的王将戦を振り返る~





第72期王将戦。
結果は、藤井聡太王将が羽生善治挑戦者を4勝2敗で破りタイトルを防衛した。

見所満載の七番勝負は対局だけでなく、様々な場面で注目を浴びる。
例えば、第2局の会心譜の後、羽生さんが王将戦名物・勝利の罰ゲームで見せた「たこ焼き屋」のコスプレは、思わず永世七冠にここまでやらせるかと苦笑いしてしまう。

だが、羽生さんは全く嫌な素振りも見せず、ニコニコと対応した。
このように、普段はあまり将棋に関心が無い人にも楽しんでもらえたシリーズになったに違いない。
そのことを物語るように、NHKでは「羽生善治 52歳の格闘」、YouTubeの将棋・囲碁chでは「羽生善治九段が振り返る王将戦」と題し、激闘の様子を振り返った。

本稿では、それぞれの番組を視聴した所感を中心に述べていく。


師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常 (文春e-book)

YouTubeでのインタビュー

まずは、王将戦の感想を尋ねられる羽生永世七冠。

「対局中は厳しい手ばかり指されるので、なかなか楽しむ余裕はなかった。だが、感想戦では自分が思いつかなかった色々な手を指摘されるので、それは純粋に楽しかったし勉強にもなった」

百戦錬磨の羽生さんだけに、毎局のように全く読み筋にない手を指摘されることは滅多にないようで、驚きを隠せない様子が印象に残った。
だが、それだけに非常に新鮮だった様子も窺えた。

対局中、特に感心したのが第3局の2六飛車と浮いた一手だという。
羽生善治をして全く見たことの無い手筋であり、ソフトにかけても上位の候補に挙がる訳でもなく、一体どうやって見つけたのか見当もつかない。
しかも、考えれば考えるほど、こちらの指し手に困る好手だったのだ。
その他にも、藤井王将の指し手はソフトでは評価が高くなくても、実戦的には手強く感じることが多かったと述べている。

また、2勝4敗という結果について訊かれ、羽生善治はかく語る。

「自分自身の現状や課題が浮き彫りになった。もっと圧倒されてもおかしくなかったし、もう少し工夫の余地もあったと思うし、様々な気持ちが交差したシリーズだった」

こう語る羽生さんは前を向き、今後も今できる最善を尽くすことを誓っていた。

NHKドキュメント

現代将棋に欠かせないAIの将棋ソフト。
1996年、まだプロ棋士の棋力には遠く及ばなかった時代に、あるアンケートをとった。
それは、コンピュータがプロ棋士を負かす日についてである。
ほとんどの棋士がそんな日は来ないと答える中、羽生善治だけが2015年と答えていた。
果たせるかな2013年、公式戦で本当にプロ棋士がコンピュータに敗れた。

私はこの回答に、大山康晴十五世名人の言葉を想起する。

「コンピュータなんかに将棋を教えたら、人間が負けるに決まってる」

なぜ…ふたりには盤面だけでなく、他の棋士には見通せない未来も見えるのか。
改めて、羽生と大山の慧眼に畏敬の念が湧いてくる。

これまで、羽生善治は急所やポイントが分かりづらい複雑な局面を得意とし、そこから意表の一手・羽生マジックを放ってきた。
谷川浩司や佐藤康光をして、何度辛酸を舐めてきたことだろう。
とりわけ今回のタイトル戦は、藤井王将の経験値が少ない局面に誘導することが多かったように思う。

そして、ある意味、藤井王将と羽生永世七冠は対照的である。
藤井王将がソフトで評価値が低い作戦を用いないのに対し、羽生さんは評価値的に芳しくない戦法も採用する。

私はこの姿に、かつて羽生さんが子ども達に語っていた言葉が甦る。

「20代の頃は明確な答えを求めていました。でも、30代以降は“答えなんて無くてもいいんだ”と思えるようになりました。分からないことや未確定なことがあるから将棋はおもしろいんだし、だからこそ、そこに進歩の余地があるのだと思います」

若き日から、羽生は定石では不利とされる局面にも飛びこんでいった。
それも、タイトル戦などの重要な対局でも怯まずに。
今もなお、数字だけでは測れない将棋の可能性を追い続ける姿勢が胸を打つ。

羽生は言う。

「若い人がAIの評価値を重視するのは仕方がない。ただ、そのことにより創造性や多様性が失われてしまう。遊びやゆらぎの部分を見極めて、新しい可能性を探っていくことも大切なのではないか」

「多様性」と「ゆらぎ」。
まさに、これらは自然界を象徴するものだ。
盤上に自然の叡智と理を再現せんとする羽生善治。
その志には、さすがとしか言葉が見当たらない。


将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学

将棋という宇宙の旅

羽生さんの話を聞いてるうち、とある漫画を思い出した。
それは「四月は君の嘘」である。

主人公のピアニスト・有馬公生の演奏を見つめながら、ライバル達は言葉を交わす。

「私達は旅をするんだね…あいつの背中を追い続けて…これまでもこれからも」

「ああ…きっと素晴らしい旅になるよ」

羽生さんもまた、ずっと将棋という宇宙を旅しているように感じる。
平成の時代、羽生善治の背中を追いかけたライバル達。
もしかすると、今は藤井聡太の背中を追いかける立場なのかもしれない。
でも、新しい目標に目を輝かす姿に、なぜか我々は嬉しくなる。

羽生さんは日本将棋連盟会長への就任が有力視されており、ますます多忙になるに違いない。
そんな中、次はどんな旅をするのだろう。


才能とは続けられること

まとめ

タイトル防衛を決めた第6局、翌日の記者会見で藤井王将はこう言った。

「今までのタイトル戦と比べても充実感があったと思います」

これは藤井王将のみならず、我々ファンも同じ思いだろう。
なぜならば、ここまで圧倒的な強さを見せてきたタイトル戦で、若き最強王者に最も肉薄したのが今回の羽生永世七冠だったからである。

盤上に真理を求め続ける藤井聡太と羽生善治。
再び、新旧王者の熱戦が訪れる日を願わずにはいられない。

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