忘れ得ぬオリンピック名勝負の記憶⑤
キーレン・パーキンス ~20世紀最高の競泳長距離界の王者~




競泳の花形種目といえば、陸上競技と同じく100mなどの短距離レースではないだろうか。
それも、最も速いタイムが出る自由形を挙げる方が多いように思う。

もちろん、私も異論はない。
だが、長距離レースもそれはそれで味わい深く、個人的には好きな種目である。

私が初めて競泳長距離のスター選手を見たのは、ジャネット・エバンス(米)であった。
10代半ばで女子中長距離界の頂点に立ち、次々と世界記録を塗り替えたヒロイン。
オリンピックでもソウルとバルセロナで女子800m自由形を連覇するなど、合計5つもの金メダルを獲得する。
私と同年代の彼女の活躍に、とても刺激を受けたことを思い出す。

しかし、私にはジャネット・エバンス以上に、長距離レースで印象的な選手がいる。
それは、1996年のアトランタ五輪・男子1500m自由形で、奇跡ともいえる金メダルを勝ち獲ったキーレン・パーキンスであった。

キーレン・パーキンスとは

キーレン・パーキンスは1973年8月14日にオーストラリアで生まれた。
10代の頃から世界のトップスイマーとして頭角を現し、400m・800m・1500mの自由形で世界記録を樹立する。

そして、バルセロナ五輪の男子1500m自由形で初の金メダリストに輝くと、続くアトランタ大会でも同種目を連覇した。
オリンピック通算で金メダルと銀メダルをそれぞれ2個ずつ獲得し、世界選手権でも金メダル2個と銀メダル1個を手にするなど、1990年代の男子競泳長距離界の王者として君臨する。

キーレン・パーキンスは長距離選手らしく、ツービートによる泳法を用いていた。
ジャネット・エバンスもツービートだったのだが、彼女の泳ぎは独特であまり美しいフォームとはいえなかった。
しかし、パーキンスのツービートはとても美しいキックとして定評があった。



記憶に残るアトランタ五輪

キーレン・パーキンスの数々の偉業の中でも、多くの人々の記憶に残るのがアトランタ五輪の1500m自由形ではないだろうか。

バルセロナ大会では400mと1500mの自由形に出場していたが、アトランタ大会では1500m自由形のみの出場となっていた。
こんなところからも、絶対王者パーキンスに翳りが見え始めてきたのでは?と囁かれていた。

1500m自由形予選がスタートすると、そんな噂以上のハプニングが起きた。
あの王者パーキンスが、見たこともないような泳ぎに終始したのである。
あわや予選落ちかというタイムだったが、何とかギリギリ8位で予選を通過する。
誰もが、決勝レースはさすがに厳しいと感じていた。

しかし、決勝当日になると、予選とは別人のキーレン・パーキンスが現れた。
4レーンには同じオーストラリアのコワルスキー、5レーンのスミスと有力選手が中央レーンに陣取る中、パーキンスは一番外の8レーンを泳ぐ。
スタートすると、パーキンスはいつもの泳ぎを取り戻し、序盤から積極的にリードを奪っていく。
だが、私はまだ半信半疑でレースを見守った。

前半の500mを折り返し、快調なラップを刻むパーキンス。
さすがに自身が持つ世界記録からは遅れているが、徐々に追走するコワルスキーを引き離していく。
先日の様子から体調不良を心配したものの、ここまでの泳ぎを見る限り今日は大丈夫そうに見えた。

レース中盤に入っても、パーキンスの泳ぎは力強い。
2位以下の選手は全くついていけず、気がつけば独走態勢を築いている。
予選の泳ぎは一体なんだったのか…。
私はただ茫然と画面を見るよりない。

残り300m、後続の選手が画面から消えてしまい、完全に一人旅である。
もう10秒近い差をつけている。

そして、ラスト100mの鐘が鳴る。
相変わらず、パーキンスならではのツービートキックが美しい。

ついに迎えたファイナルラップ。
熾烈な銀メダル争いも相まって少しだけ差を詰められはしたが、結局6秒以上のリードでゴール板をタッチしたパーキンス。
私は只ひたすらに、“偉大なる王者”の圧巻の泳ぎに感動していた。

レース終了後、呆然とする2位以下の選手達。
キーレン・パーキンスは観客席に向かい、大切な人々と喜びを分かち合う。

今ここに、史上最大の逆襲劇が完結した。

まとめ

1990年代の男子競泳長距離界で輝かしい足跡を残したキーレン・パーキンス。
そんな希代のスイマーは最後の大会として、2000年のシドニー五輪を選ぶ。

全盛期を過ぎたパーキンスは1500mに出場するも、同郷の後輩グラント・ハケットに及ばず銀メダルに終わる。
ところが、地元開催の観客から、金メダリストにも全く劣らない拍手喝采を受けていた。

キーレン・パーキンスという人物が、いかに地元オーストラリアの英雄かということを痛感させられた。
まさしく、20世紀を代表する競泳選手にふさわしいフィナーレといえるだろう。

プールサイドを熱気が支配する1996年アトランタ。
キーレン・パーキンスはオリンピックの伝説として語り継がれる会心の泳ぎを見せつけた。