ロシアW杯 「ベルギー代表の英雄」アザールとコンパニ





間もなくカタールで開幕するサッカーの世界的祭典「ワールドカップ」。
私は今大会の日本代表の健闘を祈ると同時に、前回の「ロシア大会」を思い出す。

日本が準々決勝進出をかけて戦ったベルギー代表こそ、私にとって大会No.1チームであった。
高度な技術と視野の広さに裏打ちされた変幻自在のパスを操る、ベルギーが世界に誇るMFケビン・デ・ブライネ。
驚異のフィジカルと破壊力でゴールを量産するロメル・ルカク。
こうしたワールドクラスな選手達を揃えるベルギー代表は、赤い悪魔と呼ばれ大会を盛り上げた。

そんなタレント揃いのベルギーチームにあって、個人的に最も感銘を受けた選手がいる。
それは、キャプテンとしてチームを率いたエデン・ミハエル・アザールと“シティの人格者”と称されたヴァンサン・コンパニである。

エデン・ミハエル・アザール

1. 選手紹介

2019年にレアル・マドリードに移籍して以降、コンディションが整わず、低迷を続けるアザール。
だが、2018年「ロシアW杯」当時、彼は間違いなく世界最高の選手の一人に名を連ねていた。

エデン・ミハエル・アザールは1991年1月7日にベルギーで生まれ、16歳でフランスのリールでデビューする。
以後、世界屈指のドリブラーとして最優秀若手選手賞を獲得し、プレミアリーグのチェルシーに移籍する。
すると、圧巻のパフォーマンスでチームに貢献し、数々のタイトルをもたらした。

世界的名将ジョゼ・モウリーニョはかく語る。

「アザールは世界最高レベルのプレミアリーグでも、トップ選手だと思う。その能力は、リオネル・メッシやクリスチアーノ・ロナウドの域に達している」

また、レアル・マドリードの監督を務め、史上最高の選手と謳われたジネディーヌ・ジダンもアザールを評してこう言った。

「彼の振る舞いや試合を決める力など、フィールドで見せる全てのことが好きだ」

世界的スターでもあるアザールだが、彼は妻と子どもを何よりも大切にする“良き夫・良き父”の顔も持つ。
とかく夜遊びに精を出すことが多いサッカー選手にあって、家族との時間を優先するアザールに好感を持つのは私だけではないだろう。

2. 個人的MVP

ロシア大会のMVPは、クロアチアのルカ・モドリッチが獲得した。
もちろん、自国を準優勝に導いた彼のプレーは、大会最優秀選手に値する。
だが、私見を述べるならば、趣味嗜好も手伝ってエデン・ミハエル・アザールを選びたい。
それほどまでに、彼のプレーには感嘆させられた。

ベルギー代表をキャプテンとして牽引したアザールは、日本戦でまざまざと実力を見せつける。
前半こそ、組織的ディフェンスが機能した日本に数的優位を確保され、持ち前の突破力を発揮できずにいた。
だが、後半になると流動的なポジショニングを取り、フリーの場面を作り出す。
こうして十分なスペースを得たアザールは得意のドリブルで、縦横無尽に日本のディフェンス陣を切り裂いた。
自由にボールを持たれ、前を向いてプレーされると、世界屈指のテクニックとスピードに成す術がない。
得点こそあげることはなかったが、攻撃の起点として流れを変えたアザールこそ、この試合の勝利の原動力となった。

そして、アザールへの評価が不動のものとなったのは、準々決勝ブラジル戦である。
ベルギーが2点リードし、逃げ切りを図る展開となった。
だが、そこは優勝候補筆頭のブラジルである。
後半に入り、王国の威信にかけ怒濤の反撃を開始した。
ブラジルの猛攻を前にして徐々に追い込まれ、1点差に詰め寄られるベルギー代表。

しかし、この苦境でチームを勝利に導いたのは、またしてもエデン・アザールだった。
まだ残り時間もある状況で、ブラジル相手に専守防衛では持ちこたえられなかったことだろう。
その苦しい場面の中、アザールはボールを持つと相手の守備体形を的確に見極め、臨機応変にプレーを展開していく。
ある時は、ブラジルDF陣の態勢が整っていないことを見て取ると、スピードに乗ったドリブルで敵陣に切り込み、あわやゴールという場面を演出する。
またある時は、複数の選手達に囲まれながらも類稀なるキープ力で時間を稼ぎ、焦って強引なプレーに出る相手のファールを誘発し、マイボールにしていった。

点を取り、チャンスメークをするだけがサッカーではないことを、アザールはこの大舞台で知らしめた。
試合展開に応じ、チームにとって最善のプレーをこなせる彼は、間違いなく世界最高の選手だと感じ入った。

“ベルギーの至宝”エデン・ミハエル・アザール。
まだ31歳の彼には今大会も、どうか前回の輝きを取り戻して欲しい。

ヴァンサン・コンパニ

1. 選手紹介

身長193㎝のコンパニは現役時代、世界屈指のDFとして鳴らした。
2020年に現役を退いて、現在は監督業を務めている。

1986年4月10日にベルギーで生を受けたコンパニは、地元ベルギーのRSCアンデルレヒトでプロデビューを果たし、ベルギー年間最優秀選手も受賞した。
そして、2008年にプレミアリーグのマンチェスター・シティに移籍すると、チームのアイコンとして長らく活躍する。

主将としてチームを引っ張り、リーグ制覇をはじめ数々の栄光をクラブにもたらした。
屈強なフィジカルを誇るコンパニは空中戦で無類の強さを発揮するだけでなく、巧みな戦術眼で最終ラインを的確にコントロールするなど、DFとして非の打ちどころのない選手であった。

2. シティの人格者

前述したように、世界的選手として名を馳せたヴァンサン・コンパニ。
だが、私が彼に敬意を払うのは、何よりもその人間性にある。
“頼れる兄貴”としてチームメイトを鼓舞するだけでなく、敵味方関係なくフェアプレー精神を体現する振る舞いを見せていた。

EFLカップ決勝で、リヴァプールをPK戦で破ったマンチェスター・シティ。
当然ながら、選手達は喜びを爆発させていた。
ところが、ひとりリヴァプールの選手達のもとに向かう者がいた。
ヴァンサン・コンパニである。
PK戦での優勝という劇的な結末に身を投じることなく、ライバルの健闘を讃えることを何よりも優先したのである。
コンパニの人柄が滲み出たシーンであった。

また、こんなこともあった。
マンチェスター・シティを退団後、古巣アンデルレヒトで選手兼任監督を務めていたコンパニ。
その日は、選手として先発で出場していた。
残り時間が少ない中、1点リードを許す苦しい場面で、相手チームのGKが遅延行為を始める。
すると、怒り狂ったアンデルレヒト・サポーターが、GK目がけて爆竹を投げつけた。
その愚行を見た瞬間、コンパニはゴール裏に駆け寄ってサポーターを叱りつける。
自らが着るユニフォームに施されたエンブレムを叩きながら、“アンデルレヒト・サポーターの誇り”を説いたのだ。

そして、相手チームのGKのもとに歩み寄り、コンパニは心から謝罪した。
もとはと言えば、相手のGKが発端になった出来事である。
だが、行き過ぎた蛮行を許さない、何ともヴァンサン・コンパニらしい振る舞いだった。

高いインテリジェンスと素晴らしい人柄でチームメイトのみならず、ライバル達からも敬愛されたコンパニ。
彼の行動を見るにつけ、当然としか言いようがない。

3. ロシアW杯準決勝・フランス戦

私がロシア大会で、最も心に残ったことがある。
ヴァンサン・コンパニの春の木漏れ日よりも優しく、海よりも広い心が世界中に知れ渡ったシーンである。

準決勝ベルギー対フランス戦の大一番。
ロスタイムに入り、1-0でフランスがリードしている。
ライン際で、フランスの19歳エムバペが相手チームと競り合った末、足にボールが当たり外に出た。

事件は、次の瞬間起こる。
エムバペはボールを手に取ると相手に渡すどころか、ピッチに投げ入れドリブルを始めたではないか!
ベルギーの選手に背中を押されたエムバペは転倒し、大会随一の最悪のパフォーマンスは幕を閉じた。

ここまで露骨な時間稼ぎは、滅多に拝むことなどできやしない。
相手にボールを渡さないだけでも問題なのに、この檜舞台でドリブルしだすとは…。
フランス代表の当事者とサポーター以外の誰もが、この若者の愚行に怒りを覚えたことだろう。
あまりにも見苦しく、それまでのエムバペの才能の輝きが霞んでしまった。

ところが、そんな私の憤りをよそに、予想だにしない紳士的態度をとる者がいた。
そう!いわずと知れたコンパニである。
怒りを露わにして殺気立つ他のベルギー選手をよそに、ピッチに座り込むエムバペを後ろから抱きかかえ、優しく起こしてあげたのだ。
私は、ヴァンサン・コンパニの人間力に深い感銘を受けずにはいられなかった。

32歳のコンパニはここ数年怪我がちで、今大会がおそらく最後のワールドカップになることは自身が一番分かっていたはずだ。
ある意味、サッカー人生の集大成を冒涜されたようなものだろう。
にもかかわらず、後味の悪さだけが残る若者の無軌道を一服の清涼剤のごとく打ち消して、ファンの心に清々しさを残したコンパニ。

さすが、“シティの人格者”の看板に偽りなし!を痛感させられた。

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