パリ五輪が閉幕した。
今大会もアスリートたちが己の力を振り絞り、様々なドラマを創り出す。
大会4冠を達成したレオン・マルシャンや、柔道男子で個人と団体戦で2冠に輝いたテディ・リネールなど、主役たちが存在感を示した。
だが、そんな“大会の顔”よりも、私には心に残った選手たちがいる。
柔道男子66kg級のデニス・ビエルと、競泳男子100m自由形で3大会連続のメダルを獲得したカイル・チャルマーズである。
柔道男子66kg級 デニス・ビエル
柔道男子66kg級準決勝で、阿部一二三と熱戦を演じたデニス・ビエル。
事実上の決勝戦ともいえる熱戦を演じた階級屈指の実力者は、その切れ味抜群の足技を武器に銅メダルを獲得した。
惜しくも金色のメダルには手が届かなかったが、フランスはパリでデニス・ビエルは自らの存在を満天下に知らしめる。
そんな彼に私は実力だけでなく、なんとも言えない魅力を感じた。
準決勝と3位決定戦では指導を2回受けても全く慌てることなく、逆に真価を発揮する心の強さ。
その様は隠されたギアを我々に披露するようだった。
とりわけ、3位決定戦は印象深い。
2回目の指導を宣告されると、微笑みを浮かべるデニス・ビエル。
無理をするでも強がる風でもなく、自然体にすら感じさせる。
するとその直後、大内刈りで試合を決めた。
一連の流れが、あまりにも絵になるではないか。
付き添うコーチも無くたった一人で入場し、孤独な戦いを最後まで全うし終えると、孤高の後ろ姿で独り去っていく。
そして、敗者を称え、最後まで礼を逸しない所作の美しさ。
知れば知るほど、デニス・ビエルという柔道家のファンになる。
まるで澄み切った湖を想起させ、双眸には静かな湖面を湛えている。
そんなデニス・ビエルの佇まいに、気がつくと吸い込まれそうになる自分がいた。
私は珍しくSNSで彼の情報を検索した。
すると、この祖国モルドバに初のメダルをもたらした柔道家に好感を持つ同志が少なからず存在した。
そのことが思いのほか嬉しい。
デニス・ビエル。
大会を通じ、最も心に残る選手となった。
競泳男子100m自由形 カイル・チャルマーズ
18歳で迎えたリオ五輪・競泳男子100m自由形で、金メダリストに輝いたカイル・チャルマーズ(豪)。
順風満帆に見えた彼だが、心臓疾患に見舞われて手術を余儀なくされる。
苦難の道程を乗り越え、たどり着いた東京五輪では男子100m自由形にて価値ある銀メダルを獲得した。
金メダルのケーレブ・ドレセルに対してレース終盤、怒涛の追い込みであわやの場面を演出したが、わずか0秒06届かない。
同大会5冠に輝いたドレセルが最も苦しんだレースであり、オリンピック記録を更新したように歴史に残る名勝負となった。
パリの地で、そのカイル・チャルマーズが3度目のオリンピックに登場した。
個人種目でエントリーした100m自由形で2位になり、3大会連続のメダルを獲る。
後半に圧倒的な強さを見せる泳ぎは健在で、世界記録を樹立した藩展楽には及ばなかったものの、ルーマニアの新星ポポビッチには競り勝った。
ライバルであるドレセルに翳りが見える中、世界のトップで戦い続けるチャルマーズには感慨もひとしおだ。
10年近く世界のトップに居続けることは、きっと我々凡人には窺い知れぬ努力を要することだろう。
競泳の花形種目・男子100m自由形にはカイル・チャルマーズが欠かせない。