名(迷?)解説 石田和雄先生の思い出




以前、将棋雑誌で中原誠、米長邦雄、石田和雄の3氏についての記事を見たことがある。
その内容は、それぞれの講演会風景を切り口に3氏のキャラクターを考察するものであり、とても興味深かったことを思い出す。

その講演会は真夏に開催された。
中原誠十六世名人は「暑いので失礼します」と断りを入れて上着を脱ぐ。
かたや、米長邦雄永世棋聖はスーツ姿のまま講演を続けた。

「暑いので脱ぐ」。
全くもって自然な所作であり、「自然流」と謳われた中原先生らしい。

「暑くとも正装を崩さない」。
これは一般的に正着であり、将棋界を超えて広く交友関係を築いた米長元会長ならば納得である。

こうしてみると、講演会に臨むスタイル一つとっても正反対の個性が面白い。
まこと昭和の棋士は棋風同様、キャラクターの宝庫であった。

そして、もうひとり、石田和雄九段である。
米長先生の話も面白かったが、石田先生の語り口は噺家顔負けのユーモラスな名調子である。
氏の講談調の解説に魅せられたファンは多く、何を隠そう、私もそのひとりなのである。

石田和雄先生との運命の邂逅

私が初めて石田和雄先生を見たのは、忘れもしない小学3年生(4年生かもしれない)のときだった。
ちょうど将棋を覚えたばかりで、「自然流」中原誠の指し回しと素晴らしい笑顔に魅了された頃だったと記憶する。

ある日、NHK杯将棋トーナメントにチャンネルを合わせると、永井英明氏の流暢な語り口が聞こえて来た。
子ども心に、穏やかな日曜を迎えられそうな予感が走る。

その隣で、独特の空気感を醸し出すスーツ姿の男性がいた。
そう!彼こそが石田和雄先生だった。
同じスーツ姿でも永井英明さんの品のある佇まいに対して、石田先生のどこかユーモラスな雰囲気の対比に惹きつけられた。

そして、何と言っても石田先生の語り口に驚愕した。
棋士といえば、知的で落ち着いた物腰が相場だろう(加藤一二三御大のような方もいるが…)。
にもかかわらず、あの唯一無二ともいえる石田節がブラウン管の向こうで炸裂している。
こんなオモシロ将棋指しがいることに、私はますます将棋ファンになってしまう。

それ以来、将棋そのものよりも石田先生の解説が楽しみになったのだ。

石田節

大変恐縮だが、私はそのときの気分で石田和雄九段の呼び方が変化する。
石田先生、石田九段、そして“カズ”石田などなど…。

1990年代前半、Jリーグが開幕し空前のサッカーブームが巻き起こる。
中でも、最も人気があったのが“KINGカズ”こと三浦知良だった。
それにあやかり、各界で“○○界のカズ”が出没する。
ちなみに最大のミスマッチは、元ダイエーホークスの山本和範が名乗った“カズ山本”だろう。
顔面凶器とも思える893風おフェイスを引っ提げての堂々たる“野球界のカズ”宣言。

話を元に戻すと、私の中で“将棋界のカズ”こそが石田和雄先生なのである。
ちなみに、その最大の根拠が他に“カズ”がつく、適当な棋士が思い付かなかったことは言うまでもない。

“将棋界のカズ”の解説は、とにかくユニークだった。

「こうやって、こうやって、こうやって…うーん……」

視聴者そっちのけで、30秒近く唸りっ放しなんてことはざらである。
そうかと思うと、いきなり解説放棄の如きボヤきをカマしだす。

「いや〜最近の将棋は難し過ぎて、私などには分かりません。 困っちゃいますよ~」

だが、どれもが様になるから不思議である。
講談師を思わせる氏の喋りは、これぞ“石田和雄ワールド”といった趣を湛えている。

それは中盤の難所に差し掛かり、大盤で変化手順を検討しているときだった。
解説の途中にもかかわらず、唐突に石田先生は切り出した。

「ところで、私…眼鏡を替えましてね」

アルカイックスマイルを浮かべる中年男…。
その突然のカミングアウトに、狼狽する聞き手役の女流棋士。

「優しそうな雰囲気になりましたね」

必死に言葉を絞り出す彼女に、我らが“カズ”石田は満更でもない笑みを浮かべこう言った。

「あ、そう!そうか〜!実は周りから若返ったと言われてね〜 そういう言葉を期待してたんですよ〜」

文面だけ見ると、リアクションに困る老害に映るかもしれない。
だが、実際に画面で見ると石田九段の憎めないキャラクターとも相まって、微笑ましいユーモラスな雰囲気に包まれている。
石田先生を見るにつけ、つくづく“何を言うか”よりも“誰が言うか”で印象ががらりと変わることを痛感させられた。

まだまだ続く石田劇場。

「じゃあちょっと、この手の解説をやってみましょうか」

少し指し手を進めると、「これ、さっきやったんじゃないの!?」

舌の根も乾かぬうち、ひとりコントを始める石田九段。
まさに自作自演とはこのことだ。

そして、いよいよ終盤。
手抜きをして放った勝負手が、そこまで厳しくないように見えたのだろう。

「この手は大したことないんじゃないの?普通に相手の勝ちでしょ」

とは言うものの一応検討し始めた途端、「危ない!危ない!これ危ないよ!?」と大騒ぎする“カズ”石田。
朝令暮改も甚だしい。

ここまで、観戦する私は爆笑の連続である。
文面からは伝わらないかもしれないが、全く嫌味なく展開する石田節。
ある意味、人徳なのかもしれない。

まとめ

ここまで、石田和雄先生の名調子を紹介してきた。
石田九段は良い意味で、私の棋士像を覆してくれた恩人だ。

そんな石田先生には印象に残る思い出がある。
それは、石田九段が無邪気に遊ぶ幼子を見つめる眼差しだった。
今でも、人柄がにじみ出る優し気な相貌が強く心に焼き付いている。

ユーモアとボヤき、そして講談師顔負けの話芸を間断無く織り交ぜる名解説。
愛すべき石田和雄先生。
いつまでもお元気で。


棋士という生き方 仕事と生き方 (イースト新書Q)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする