カタールW杯「クロアチア代表」 ルカ・モドリッチと不屈の戦士達




2018年開催のワールドカップ・ロシア大会で、準優勝となったクロアチア代表。

今回のカタール大会でも、ベルギーやモロッコなど強豪ひしめくグループリーグを勝ち上がると、日本とブラジルをPK戦で圧倒し、前回同様に快進撃を続けた。

彼らの戦いを観ていると、PK戦は決して運ではないと思わせた。       

不屈の精神

決勝トーナメントに入り、日本戦では先制点を許す苦しい展開ながら、後半ペリシッチの起死回生のヘディングで追いつき、PK戦を制したクロアチア。
続く準々決勝のブラジル相手にも、PK戦で勝負強さを見せつけた。

特に延長前半終了間際、ネイマールの“これぞワールドクラス”という個人技でリードされたところでは、多くの人が勝負あり!と思ったことだろう。
なぜならば、試合が進むにつれ“王国”ブラジルの前に押されながらも粘り強く戦っていただけに、普通ならば疲労困憊と相まって心がポッキリ折れてしまうのが容易に想像されたからである。
にもかかわらず、延長後半12分、決して折れぬ心を具現化し同点弾を捩じ込んだ場面では、奇跡の降臨を感じずにはいられなかった。

それにしても…かつて、これほどまでに不屈の精神を体現したチームはあっただろうか。
たしかに、西ドイツ代表も劣勢に陥ると、“ゲルマン魂”をみなぎらせ敵陣に襲い掛かっていた。
だが、骨太で質実剛健を絵に描いたような彼らのド迫力とは、クロアチアのイレブン達は一味違う。
何というか、より献身的で、その頑張りが我々の心を揺さぶるのだ。

20歳のDFグヴァルディオルはフィジカルの強さもさることながら、鋭い読みとスピードでチームの最終ラインを破らせない。
日本戦でも何度ピンチを救ったことか。

GKのリヴァコビッチは日本戦だけでなく、ブラジル戦のPKでも神懸かり的なセーブを見せていた。
クロアチアが延長戦及びPK戦で無類の強さを発揮するのは、守護神リヴァコビッチの存在が大きい。

黄金の中盤を支えるコヴァチッチとブロゾビッチは年齢的にも脂がのっており、替えが効かない選手としてチームに貢献する。

だが、彼らとともに黄金の中盤を形成するルカ・モドリッチこそ、クロアチア代表のキャプテンにして精神的支柱といえるだろう。



ルカ・モドリッチ

前回のワールドカップでチームを準優勝に導いた立役者。
そして、その年のバロンドールに輝いた世界的名選手が、クロアチアが世界に誇るルカ・モドリッチである。
今年37歳を迎えたが、今なおチームのダイナモとして躍動し、ピッチにかける情熱はいささかも衰えない。

その風貌は、トータルフットボールで世界を熱狂させたヨハン・クライフを思わせる。
いや、風貌だけでなく、ピッチ上でのインテリジェンスは“サッカー界のジーザス”にも全く引けを取らない。

卓越した戦術眼とテクニック、そして驚異の運動量で攻守の要としての役割を担うモドリッチ。
その勇姿に、私は“鋼のロボット”パベル・ネドベドが甦る。
チェコ代表とユベントスで活躍したネドベドもまた、90分間ピッチを駆け抜けた。

モドリッチは幼少時代、血で血を洗う民族紛争を体験する。
戦禍の中、敵兵に祖父を殺害され、住処も追われた一家は戦争難民となった。
そんな過酷な人生にあって、常にモドリッチとともにあったのがサッカーだった。
子どもの頃から非凡な才能にあふれていた彼は、やがて世界最高のMFとして母国の英雄となっていく。

ブラジルとのPK戦終了後、モドリッチの人柄が垣間見えるシーンがあった。
ブラジル代表の21歳ロドリゴは、この大舞台でPKを失敗した。
悲嘆に暮れる若者にモドリッチは歩み寄る。
そして、レアル・マドリードの同僚を優しく慰めた。

「PKは誰もが失敗するものさ。お前はワールドカップを勝ち取るよ。また違う年の大会だけど、お前が優勝するんだ。がんばれ!」

実は、モドリッチも若かりし頃、檜舞台でPKを失敗していた。
そのときの苦い蹉跌が、息子のように可愛がるロドリゴの姿と重なったのかもしれない。

同日に行われたアルゼンチン対オランダ戦が、あまりにも後味が悪かったことと対照をなす光景。
素晴らしい試合には、素晴らしきフットボーラーと相手への敬意が不可欠なことを改めて実感した。


ルカ・モドリッチ自伝 マイゲーム


3位決定戦

準決勝・アルゼンチン戦に敗れたクロアチアは、3位決定戦でモロッコと相まみえた。
よく3位決定戦はモチベーションが上がらず、そもそも必要なのかと言われている。
だが、両チームにとって、この試合はとても重要なものだった。

モロッコは今大会、アフリカ勢としては初となるベスト4進出を果たした。
ここまで来れば、是が非でも表彰台を狙っているに違いない。

一方でクロアチアも、長年チームの大黒柱として活躍したモドリッチにとって、ワールドカップでの最後の試合となることが濃厚なのである。
「もう一度、ファンを盛り上げたい。そのために全力を尽くす」と誓うモドリッチの有終の美を飾るため、チーム一丸となってピッチに向かうのは当然だろう。

グループリーグでも激突した両チームだが、予想通り、それを上回る好ゲームを展開していく。
前半7分、今売り出し中のグヴァルディオルがヘディングシュートを叩き込み、クロアチアが先制する。
ところが、すぐさまモロッコが反撃し、お返しとばかりにダリがヘディングでゴールネットを揺らした。
終わってみれば、前半42分にオルシッチが技ありのゴールを決めたクロアチアに凱歌が上がる。

敗れたとはいえ、モロッコは本当に頑張った。
全7試合を戦い抜き、3位決定戦に至っては準決勝から中2日という強行軍の中、これだけのプレーを見せたのだ。
特に、次々とDF陣が故障で離脱する満身創痍のチームにあって、全試合でフル出場し、堅守を支えたアムラバトには称賛の言葉しか見当たらない。
間違いなく、モロッコは歴史を塗り替えた。

そして、何と言ってもクロアチア代表である。
モロッコより日程的に有利だったとはいえ、それでも中3日での戦いだった。
ベテラン勢が多く、本戦に入り2試合連続の延長PKを勝ち上がったクロアチアもまた、疲労困憊だったに違いない。
それでも、再三にわたる素晴らしい攻守の切り替えを見せ、銅メダルへの執念を感じさせた。

1点リードで迎えた後半30分過ぎ、我々は本大会を象徴するシーンを目撃する。
心身ともに一番苦しい場面でも、全く衰えない運動量と持ち味の鋭い読みで敵の攻撃の芽を摘んでいくモドリッチ。
37歳とは思えぬパフォーマンスに、私はある言葉を思い出す。

「苦しいとき、そこには必ずモドリッチがいる」

ルカ・モドリッチは最後まで全力を傾け、カタールの地で完全燃焼した。

まとめ

前回大会に引き続き、クロアチア代表は我々に諦めない精神とチームへの献身の大切さを教示してくれた。
そこには90年代初頭、凄惨な民族浄化を乗り越え、独立を勝ち取った逞しさを感じずにはいられない。

クロアチア代表が誇るルカ・モドリッチと不屈の戦士達。
そんな彼らこそ、私にとって「カタールW杯」で最も心に残るチームとなった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする