世界フィギュアスケート選手権2023「男子シングル」 宇野昌磨の連覇





3月20日から「世界フィギュアスケート選手権2023」が開幕した。

女子シングルでは坂本香織が連覇を果たす。
ペアでは、三浦璃来・木原龍一組の“りくりゅう”ペアが初優勝を飾る。

本稿では、男子シングルについて振り返る。

ショートプログラム

日本勢は宇野昌磨が首位、友野一希が7位、山本草太はミスが目立ち17位と出遅れた。

1. 宇野昌磨

宇野昌磨は公式練習で右足首を負傷したこともあり、不安を抱える中でショートプログラムを迎えた。

連覇がかかる中、最初に挑むのが4回転フリップジャンプである。
傷めた右足に負担がかかる高難度ジャンプだが、GOEで+3に迫る美しい跳躍で成功させた。
いきなりの正念場を乗り切った宇野昌磨。
その後も、4回転トウループ&2回転トウループのコンビネーション、トリプルアクセルとも着氷させ、高い出来栄え点を獲得する。

また、美しく伸びやかなスケーティングは健在で、演技構成点は全選手中トップをマークした。
ステップシークエンスだけがレベル3だったが、怪我を抱えた中では完璧に近い演技といえるだろう。
ショートを終え、104.63点で首位に立つ。

アクシデントとプレッシャーを跳ねのけた宇野昌磨の強い精神力が光った。

2. イリア・マリニン

ショートプログラムを2位で折り返したのが、18歳の新鋭イニア・マリニンである。
これまではショートで出遅れることが多かったが、今大会はノーミスの演技で100点越えを果たす。

演技冒頭で4回転ルッツ&3回転トウループのコンビネーションジャンプを鮮やかに決め、最高のスタートを切る。
これで波に乗り4回転トウループ、トリプルアクセルと次々にジャンプを決めていく。
ステップ、スピンも全てレベル4を獲得する圧巻のパフォーマンスを見せつけ、100.38点を叩き出す。

しかし、技術点だけで60点近い点数をマークしたものの、演技構成点が宇野に6点以上も水を開けられてしまった。
おそらく、技術点だけでいえば現役最高峰なので、今後はいかに演技構成点を伸ばせるかが鍵になる。

3. キーガン・メッシング

ショートで最も印象に残ったのがキーガン・メッシングだ。
3位チャ・ジュンファンとは、わずか0.89点差の4位につけた。

ステップシークエンスこそ取りこぼしたが、スピンは全てレベル4を獲得する。
ジャンプも3本とも高い加点がつく美しい着氷を見せ、31歳にして自己ベストをマークした。

技術・芸術性ともに会心の演技だが、そんな小難しい理屈を吹き飛ばす、心からスケートを謳歌する姿に感動した。
明るい曲調が良く似合う素晴らしいスマイル。
世界選手権という大舞台にもかかわらず、まるでエキシビションのような空気感を纏っている。
「スケートが好きだ。その想いを込めたい」という言葉を100%表現できたことを、観客の万雷の拍手が物語っていた。

長年、カナダの男子フィギュアスケート界を牽引してきたキーガン・メッシング。
今シーズン限りでの現役引退が、とても寂しく感じる。

フリースケーティング

日本選手では、先陣を切った山本草太が総合15位となる。
友野一希は4回転トウループのみ転倒したものの、その他はきちんと決め切る好演技で自己ベストを更新し、6位入賞と健闘した。

今大会で引退するショート4位のキーガン・メッシングは、フリーで得点を伸ばせず7位となる。
しかし、スケートの楽しさと喜びを体いっぱいに表現した演技に、観客席から温かい拍手が送られた。
いつも、明るい人柄で会場を沸かせた“千両役者”キーガン・メッシング。
第二の人生に幸あらんことを祈りたい。

1. 白熱の優勝争い

白熱の優勝争いは、まさにこれぞ世界選手権という戦いであった。
180点越えが6名、そのうち2名が190点台をマークした。

友野一希が180.73点を出すと、最終グループの面々が次々と高得点をマークする。
まず登場したジェイソン・ブラウン。
4回転ジャンプこそ無いものの、ベテランらしい円熟した演技を見せ、フリー185.87点、トータル280.04点で5位に入賞した。

続くケヴィン・エイモズは冒頭の4回転トウループを決めると勢いに乗り、ノーミスでフィニッシュする。
得点はフリー187.41点、トータル282.97点でブラウンを抜き、4位で戦いを終えた。

そして、ここからが佳境に入っていく。
滑走順に紹介する。

ショート3位のチャ・ジュンファン。
最初の4回転サルコウをGOE評価+4.3に迫る質の高いジャンプで着氷した。
次の4回転トウループも美しいジャンプを決め、着実に出来栄え点を加算する。
その後もジャンプを成功させ、スピン、ステップもレベル4を獲得した。
表現力にも磨きをかけた完璧ともいえる演技は、これまでの人生で最高のパフォーマンスといえるだろう。
フリーの得点は自己ベストを大幅に更新する196.39点、ショートとの合計は296.03点を叩き出す。
韓国男子史上初となる、世界選手権で銀メダルを獲得した。

2. イニア・マリニン

そして、ショート2位のイニア・マリニンがリンクに立つ。
“4回転の神”と称される18歳が冒頭に跳ぶジャンプは、もちろん彼の代名詞・4回転アクセルだ。
軽やかに舞い上がると、何とか着氷し、大技を成功させる。
さらに続く高難度の4回転。
だが、フリップ、ルッツとも転倒こそ堪えたが、大きくバランスを崩してしまう。
中盤以降はジャンプが決まり出し、技術点だけならば最高得点をマークした。
結局ショート同様、演技構成点が伸びず、フリーの得点は188.06点だった。
トータル288.44点は3位となった。
しかし、4回転アクセルの高さが84㎝とは恐れ入る。

実は、そのマリニン。
史上最高難度のプログラムで挑んでいた。
世界選手権史上初となる4回転アクセルをはじめ、ジャンプ7本のうち6本が4回転の構成だ。
しかも残り1本の3回転も3回転ルッツからのトリプルアクセルという、超高難度コンビネーションジャンプだった。
過去、平昌五輪でネイサン・チェンが4回転ジャンプ6本を跳んでいる。
しかし、あの時代は演技時間も長く、ジャンプは8本跳ぶことを課していた。
つまり、ジャンプが7本になってから、4回転6本を組み込んだのはマリニンが初めてだ。
惜しくも優勝は逃したが、見せ場たっぷりの“4回転の神”だった。

もう一つ、個人的に嬉しかったことがある。
キス&クライでマリニンの傍らに寄り添う人物が、私の敬愛するコーチだったのだ。
それはネイサン・チェンを支えた名伯楽、ラファエル・アルトゥニアンである。
再び檜舞台でラファエル・アルトゥニアンを見ることができ、幸せに思う。

3. 宇野昌磨

日本男子初となる世界選手権連覇を達成した宇野昌磨。
まさしく、魂の演技を全うした。

ライバル達の高得点にプレッシャーがかかる中、最終滑走者として登場する宇野昌磨。
だが、ディフェンディングチャンピオンの風格を身に纏い、冒頭の高難度ジャンプ4回転ループを華麗なまでに着氷する。
4回転サルコウこそ乱れたが、前半最大の山場・4回転フリップを完璧に決め、GOEで+4評価に迫る加点を獲得した。
状態が良くない右足首でよく踏ん張った。

「G線上のアリア」の緩と急が織り成す、切なさを感じさせるメロディに宇野昌磨の深みを帯びた演技が調和する。
やはり、宇野の演技にはクラシックの名曲が良く似合う。

美しく繊細なスケーティングが続く中、勝負の後半に宇野のひとかたならぬ思いがほとばしる。
4回転トウループを決めた後、執念でコンビネーションジャンプを付けたのだ。
限界に近づく体力もなんのその、世界選手権連覇への想いを乗せ、躍動するステップシークエンス。
その渾身のステップに、これまでのフィギュアスケート人生が凝縮しているようだ。
なんと!GOEで満点評価の+5を獲得したではないか!

最後のスピンを終え、曲が鳴り止むと同時に、宇野は氷上に大の字になって倒れ込む。
その瞬間、埼玉スーパーアリーナが大歓声に包まれた。

宇野は言う。

「完璧とは言い難いフリーのプログラム。だが、今これ以上できない演技だった」

全てを出し切った表情が清々しい。

キス&クライで宇野昌磨は、ステファン・ランビエールコーチと健闘を讃え合っている。
そして、得点が発表された。
フリーが196.51点、ショートとの合計301.14点は文句無しの優勝である。
ショート、フリーとも1位という完全優勝で連覇を飾った。

ここ2週間、調子が上がらない中で起きた大会前日のハプニング。
その困難を、これまで培ってきた経験と折れない心で乗り越えた宇野昌磨。
この連覇は本当に見事だった。


25ans 2023年2月号増刊 宇野昌磨特別版

まとめ

ハイレベルな戦いで観客を魅了した今大会。
観戦した感想は、素晴らしいの一言に尽きる。

イニア・マリニンだけでなく、チャ・ジュンファンなど若手選手の台頭が著しい。
だが、宇野昌磨は自分史上、かつてない境地に踏み入れた。

ネイサン・チェンと羽生結弦が去ったリンクには、未だ成長の歩みを止めない宇野昌磨が健在だ。

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