2022年全英オープンゴルフ「別れの聖地」





2022年全英オープンゴルフは、記念すべき150回大会として開催された。
しかも、セントアンドリュースでのラウンドとなる。
大事故により選手生命の危機に瀕したタイガー・ウッズも、出場を目標にした“ゴルフの聖地”こそセントアンドリュースなのである。

これ以上ない檜舞台の最終日、個人的には受け止めきれない衝撃的なニュースが飛び込んでくる。
実況の森下桂吉アナから、今大会をもってゴルフキャスター戸張捷と青木功プロが勇退すると発表されたのだ。

実は昨年、決勝ラウンドのみ森下アナが実況した。
なので、もしかすると、そろそろ森下桂吉の実況が終わりに近づいているのかと思っていた。
ところが、全英オープンゴルフ中継を支えてきた両御大が、ふたり同時に卒業するというのである。
諸般の事情を鑑みるに致し方ないとはいえ、時の流れを痛感し寂寥の念を禁じ得ない最終日となった。

ゴルフキャスター戸張捷

1982年、テレビ朝日で放送を開始した全英オープンゴルフ。
その当初から、ゴルフキャスターの肩書で解説を務めてきたのが戸張捷である。
ゴルフキャスターの中でも、マスターズ中継でお馴染みの岩田貞夫と並ぶ両巨頭といえるだろう。
ふたりとも、我々お茶の間のファンに世界を伝えてくれたゴルフジャーナリストである。

戸張捷は話も流暢だったが、何よりも声質が抜群だった。
毎年7月半ばに、あの心地よい声を聞くと「あ~全英オープンの季節が来たんだな…」と感じ入ったものだ。

年齢を重ねるとともに一部の視聴者からは必ずしも評判が芳しくなかったが、私にとって戸張捷は海外のゴルフシーンを魅力的に教授してくれた恩人である。
トム・ワトソンやセベ・バレステロス、グレッグ・ノーマンらの名ゴルファー。
そんな世界のスーパースターのラウンドには、いつも戸張捷の解説があった。

当時、まだ10代半ばの私には、スイングの技術的なことやコースマネジメントはなかなか理解できなかった。
だが、戸張捷は解説の中に選手のエピソードを織り交ぜてくる。
その話が、ちょっとホロリとくる良い話だったりするのだ。
そのおかげで、選手達を身近に感じることができ、徐々にゴルフ観戦にハマっていった。

見た目が若いので気付かなかったが、戸張捷も76歳だという。
それを聞くと、勇退もやむなしだろう。
だが、それでも全英オープンの風物詩が無くなることに一抹の寂しさは拭えない。

私は、そんな戸張捷に言いたいことがある。

「40年以上にもわたり、全英オープンの解説お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。メジャー大会の中で最も長い伝統を誇る“THE OPEN”。その放送の起ち上げは、あなたがいたから成功したのでしょう。ゴルフの魅力を伝えてくれたことに感謝します」

世界の青木功

ニクラウスと死闘を演じた全米オープンをはじめ、世界のゴルフシーンで活躍した“世界の青木”こと青木功。
世界ゴルフ殿堂入りも果たした青木は、日本のプロゴルファーの中で世界に飛び出したパイオニア的存在といえよう。

そんな青木が、全英オープンの中継に顔を出すようになってから30年以上経つ。
青木の解説やラウンドリポーターぶりは一言でいうと、自由奔放という言葉に集約されるだろう。
一例を挙げると、優勝争いがクライマックスを迎えるサンデーバックナインが近づくと、スタッフの要請を無視し、ラウンドリポーターとしてコース上に出て行ってしまうのだ。

「いやー、こんな凄いゴルフを見せられたら、解説席でじっとなんてしてられないよ」

そう言いながら、スタジオを飛び出し「THE OPEN」の空気を体いっぱいに吸い込む青木功。

勝手気ままな青木に少し呆れながらも、そこが青木功らしいと感じ、いつの間にか自由気ままな姿を見ることが全英オープンの楽しみの一つになっていた。
そして、そのたびに「青木は本当にゴルフが好きなんだな。そして、つくづく現場の人なんだな」と思ったものだ。
番組も初期の頃は、最終日ぐらいは青木にスタジオ解説を望んでいたようだが、無駄だと悟ったようで、ご自由にどうぞ感を醸し出していた。

さらに、“世界の青木”ここにあり!という狼藉に打って出る。
それは、ある大会でのことだった。
ラウンドリポーターを務めていた青木は、何を思ったかコース上の芝を刃物で掘り起こし始めた。
どうやら、土から掘り起こした断面を視聴者に見せることにより、芝の根の頑強さを紹介したかったようだ。
そのシーンをテレビ観戦していた私は、唖然とした。
プロゴルファーが、しかも世界的な名選手がコースをほじくり返すなど前代未聞だからだ。
本来ならば許されない蛮行なのだが、なぜか青木がやると相好を崩してしまう。

そして、何といっても全英オープンの青木といえば、2009年が印象深い。
その大会は、還暦間近のトム・ワトソンが、あわや優勝かというところまでいった。
青木とワトソンは共に世界の檜舞台でしのぎを削った間柄に加え、家族ぐるみで食事をするなど盟友と呼ぶべき存在だった。

そのワトソンが入れば優勝のパットを逃し、スチュワート・シンクとのプレーオフでも敗れてしまう。
プレーオフ終了後、今は亡き妻と肩を寄せ合い、クラブハウスに戻って行くトム・ワトソン。
そして、その光景を見つめ、万感の思いを胸に涙する青木功。

私はそのシーンに、ゴルフを超越した何か神聖なものを見た気がした。
いや、私だけでなく、多くのゴルフファンがワトソンと青木の姿に感無量の思いが込み上げた。

そんな数々の名場面を残した、青木功が来年から全英オープンにいなくなる。
年齢的にも、勇退は仕方ない。
だが、理屈では分かっていても、ただただ寂しく感じる。
私にとっては、森下桂吉の名実況の隣で聞こえて来る戸張捷の心地よい声、そして青木功のなまりの抜けない自由な解説という、3人の世界観があってこその全英オープンゴルフなのだ。

いろいろな思いが胸に去来するが、この言葉に尽きるだろう。

「1991年から30年以上の解説、選手としては1970年代からの参戦、本当にお疲れ様でした」


青木功 プレッシャーを楽しんで (私の履歴書)

まとめ

今年はちょうど150回大会であり、“ゴルフ発祥の地にして聖地”セントアンドリュースで開催された。
その記念すべき大会の勝者は、果敢な攻撃ゴルフを身上とするキャメロン・スミスであった。

28歳の若者のメジャー初戴冠。
そして、去り行く老兵ふたり。
これも世の常であろう。

そんな老兵ふたりが最終日18番ホール、ともに肩を並べて新しいスターの優勝を見届けた。
様々な思いがあふれ出し、言葉にならない青木功。
最後まで、気丈にも涙を見せぬ戸張捷。
好対照のふたりだが、通じ合う心を感じずにはいられない。

そして、青木功は最後まで「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。
だが、敢えて訂正したい。

「青木功プロ。“ありがとう”を言うのは我々です」

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