連日、熱い戦いを繰り広げた「世界水泳ブタペスト2022」。
今大会は、10代の俊英たちが世界にその名を轟かせた。
間違いなく、2年後に開催されるパリ五輪の主役になるであろう、逸材ばかりである。
本稿では、世界水泳で飛躍を遂げた新星たちの戦いを振り返る。
1.ダビド・ポポビッチ
男子200m自由形に新たなワールドチャンピオンが現れた。
17歳のダビド・ポポビッチである。
決勝レースは東京オリンピック金メダリスト、トム・ディーンが先頭を引っ張り100mまで世界記録ペースで進行する。
後半強いポポビッチを倒すため、リスク覚悟で攻めていくオリンピックチャンピオンの意気込みが素晴らしい。
だが、それをものともしない17歳の圧倒的ポテンシャル。
150mのターンで難なく逆転し、さらに世界記録も上回ってきた。
ラスト50m、完全にポポビッチの独壇場と化す。
そして、1分43秒21で金メダルを獲得する。
世界記録には及ばなかったが、そのタイムは高速水着時代のものである。
10年振りの1分43秒台からも、ポポビッチの記録の凄さが分かるだろう。
男子100m自由形はドレセルが直前に棄権したことにより、カイル・チャルマーズと共に東京五輪本種目の金銀メダリストが不在となった。
僅か0秒06差の激闘を演じた両雄の、再戦を期待していただけに残念である。
だが、ここでも17歳のダビド・ポポビッチが存在感を示した。
細身の身体はまだ完全には出来上がっていないものの、準決勝は47秒13でトップ通過を果たす。
決勝は、前半の50mで準決勝よりも速いペースで入る。
世界記録の期待がかかるが、珍しく後半伸びを欠く。
横一線となり、今大会初のピンチが訪れた。
最後、競り合いを制し大会2個目の金メダルを獲得したのは、やはりポポビッチだった。
47秒58と準決勝よりタイムを落としたが、17歳での2冠制覇は偉業である。
ケーレブ・ドレセルとの対決が、実現しなかったことだけが残念だった。
2.レオン・マルシャン
男子400m個人メドレーを4分4秒28でゴールしたレオン・マルシャン。
これは“水の怪物”マイケル・フェルプスに続く世界歴代2位の記録であり、銀メダルの選手に2秒以上もの差をつけた。
しかも、第3泳法の平泳ぎで一気にペースを上げ、最後の自由形に入るところでは世界記録よりも1秒以上速いレースを展開する。
解説の萩野公介の興奮ぶりが、マルシャンの快泳を雄弁に物語る。
男子200m個人メドレーは、かつてライアン・ロクテとマイケル・フェルプスというレジェンドが席巻していた。
歴史上1分54秒台をマークしたのは、この二人だけである。
ここまでの充実ぶりから、レオン・マルシャンがその領域に足を踏み入れるかが、注目の的となった。
マルシャンは400m個人メドレー同様、第3泳法の平泳ぎで強さを発揮しトップに立つ。
そして、そのまま逃げ切り、大会2冠に輝いた。
本種目は疲れもあったのだろう。
期待された史上3人目となる1分54秒台はならなかったが、それでも自己ベストである。
このマルシャン。
実は個人メドレーだけでなく、200mバタフライでも本多灯を抑え、銀メダリストになっている。
まだ弱冠20歳の若者だが、フェルプス、ロクテという歴史に残るメドレー選手にも比肩するスター候補である。
3.サマー・マッキントッシュ
女子200mバタフライは、カナダの15歳、サマー・マッキントッシュが競り勝った。
まさに次世代のヒロイン誕生である。
レースは、中国のチョウウヒが前半から快調に飛ばしていく。
それを見ながら、アメリカのリーガン・スミスが100m過ぎから仕掛けた。
だが、後半に自信を持つマッキントッシュは全く慌てることなく、逆に150mのターンでトップに立つ。
そして、ゴールに近づくにつれ、リードを広げていく。
堂々たるレースを展開し、まさに横綱相撲ともいえる内容だった。
15歳とは思えない、冷静さに驚かされる。
女子4×200mフリーリレーでは第一泳者で登場すると、世界の並みいる強豪を押しのけブッチ切りでトップを奪う。
このリードを活かしたカナダは見事銅メダルを獲得した。
3強といわれた東京五輪金メダルの中国を破る原動力こそ、マッキントッシュといえるだろう。
残る400m個人メドレーも、否が応でも期待がかかる。
その女子400m個人メドレー。
本種目は4つの泳法を100mずつ泳ぐため、肉体だけでなく精神的にもタフさを要求される。
それに輪をかけて最終日に行われることもあり、これまでの蓄積疲労も追い打ちをかける。
優勝候補筆頭のマッキントッシュが、最初のバタフライを世界記録から約1秒上回るペースで泳いでいく。
第2泳法の背泳ぎまでは世界記録ペースだったが、苦手とする平泳ぎで世界記録からは遅れてしまう。
それでも、終始先頭を譲らず大会2冠を達成した。
優勝したマッキントッシュに最後まで食らいつき、銀メダリストとなったのがケイティー・グライムズである。
実は、彼女もまだ16歳なのだ。
今後長きにわたり、ふたりはライバル関係になるに違いない。
観客から一際大きな声援を送られたのが地元ハンガリーの歴史的スイマー、カティンカ・ホッスーである。
本種目5連覇がかかるホッスーは33歳で決勝に進出し、4位入賞を果たした。
東京オリンピック金メダリスト大橋悠依はレース中盤で3位に浮上したが、最終的には5位でフィニッシュする。
また、素晴らしい笑顔で入場した19歳の谷川亜華葉は8位でレースを終えたが、世界の檜舞台で決勝を経験したことは今後の財産になるだろう。
まとめ
その他にも10代の新星は、まだまだいる。
イタリアの17歳にして女子50m平泳ぎの世界記録保持者ベネデッタ・ピラトは、女子100m平泳ぎで金、女子50m平泳ぎでは銀メダルを獲得する。
また、オーストラリアの18歳モリー・オキャラハンは個人種目では、女子100m自由形で金、女子200m自由形で銀メダルを手にした。
さらに混合4×100mフリーリレーでも、男子のカイル・チャルマーズとの二枚看板として母国の金メダルに大きく貢献する。
しかし、これほどまでに10代の新星たちが、一つの大会でブレイクしたことがあっただろうか。
間違いなく、世界の勢力図が変わった大会であった。