追悼 水島新司 ~野球漫画の最高峰「ドカベン」の思い出~




去る1月10日、肺炎により漫画家・水島新司が逝去した。
早いもので、もう2週間が経とうとしている。

「野球狂の詩」「あぶさん」など野球漫画の第一人者と知られるが、やはり「ドカベン」が代表作といえるだろう。

本稿では、野球と漫画に人生を捧げた水島新司と、代表作「ドカベン」にまつわる思い出を遠い記憶から呼び起こしていく。


ドカベン 全48巻完結 [マーケットプレイス コミックセット]

水島新司

水島新司は、作品を通して多くの野球選手に影響を与えた。
私が驚いたのは、ドカベンのコミックを読んだ時である。
本編を読み終え、あとがきに目を移すと、日本を代表するようなプロ野球選手たちが各々の思いを書き連ねているではないか。
いかに「ドカベン」が、あの時代の人々に愛されていたかが窺える。
まさに、野球漫画のバイブルだった。

また、当時人気の面でセリーグの後塵を拝していたパリーグを熱心に応援し、パンチョ伊東と共にパリーグの広報部長的存在だったのが水島新司であった。
選手のみならず、球界関係者の多くが水島新司の尽力に深い敬意を表していた。

水島新司は漫画だけでなく、実際に自分でも草野球チームを持ち、試合数は年間数十試合にも及んだという。
机上の理論だけでなく、実戦を通して身につけた野球に対する深い造詣は、プロも一目置くほどである。
そんなこともあり、プロ野球中継でゲスト解説者として呼ばれることもあった。

あるとき、水島はアナウンサーに、これまで見てきた最高のバッターについて訊かれた。
当然、王、長嶋、野村など、往年のプロ野球選手を候補に挙げると思うだろう。
ところが、水島新司は迷うことなく即答する。

「山田太郎ですね!なにしろ、甲子園で通算7割5分打ってますからね。あんな凄いバッターは、他にはいません」
自ら手掛けた漫画の主人公を、自信満々に答える人物がこの世にいるとは…。
まさに、野球バカ一代である。

しかし、なぜか私は、この水島新司の回答に清々しさを覚えた。
ここまで、自分の生み出したキャラクターに心酔し、現実とフィクションの世界の垣根を越え自由な発想で行き来する水島だからこそ、「ドカベン」という魅力的な作品を描けたのかもしれないと思ったのだ。
そして、何を隠そう私自身、全漫画中で最強打者は山田太郎だと信じている。
ただし、現実と漫画の世界を混同することはないが…(苦笑)。

ドカベンの思い出

「ドカベン」がテレビアニメとして放送されていた時、まだ年端もいかぬ子どもだった私は「ドカベン」が始まる毎週水曜7時になると、テレビの前にかぶりついていた。
ちなみに、小学生時代に友達と楽しんでいた草野球では、私も山田太郎にならい木製バットを使用していた。
なにぶんにも昔のことなので記憶も曖昧だが、もしかすると山田太郎同様、将来プロを意識していたのかもしれない(笑)。

学生時代、おそらく大学生の頃だったと思うが、借金のカタに友人から「ドカベン」48巻と「大甲子園」26巻を譲り受ける。
福沢諭吉1枚の額を貸していたのだが、もう読まなくった古本で完済できた友人もさることながら、夢中になって読み耽った私も大満足な取引であり、ウインウインとはまさしくこのことであろう。

そのとき読んで感じたのは、久しぶりに読む「ドカベン」の面白さといったら!
幼少期には理解できなかったストーリーとプレー描写の濃密さに、私はグイグイ引き込まれていく。
改めて、山田太郎の人としての器の大きさ、野球選手としての威容に感嘆せずにはいられなかった。
だからこそ、全国津々浦々のライバルたちが“打倒山田”に心血を注いだのである。
しかも、野球選手だけでなく、中学時代に柔道でしのぎを削ったライバルたちも“打倒山田”を目指し野球に転向してきた。

絶対王者・明訓高校は山田太郎が入部して以来、1度しか敗れていないのだが、その敗戦に学校中がショックを受けていた。
それほどまでに、「ドカベン」という作品の持つ影響力は絶大だったのである。

魅力的な登場人物

「ドカベン」が読者を惹きつけてやまなかったのは、プロも唸らせる配球や駆け引きなど、一つひとつのプレーをリアルに描いた水島新司の手腕に追うところが大きい。
そして、何といっても作中に登場する登場人物たちが、個性豊かで魅力的だった。

地区予選で激突した横浜学院の土門、東海高校の雲竜、そして白新高校の不知火ら、全国レベルの猛者たちが、“打倒山田”の御旗を掲げ刺客として襲い掛かる。
中でも、不知火は初期の頃は山田の豪打の前にひれ伏していたが、山田攻略のために “ハエが止まる”ほどの遅球を編み出すなど、最も山田太郎を苦しめたライバルとして立ちはだかった。

全国に目を向けると、唯一明訓高校に土を付けた弁慶高校の武蔵坊数馬、柔道のライバルだった甲府学院の賀間、土佐丸高校の“鳴門の牙”犬飼小次郎など、枚挙に暇がない。

数多あるライバル達とのエピソードの中で、私が幼心に焼き付いて離れないものがある。
甲子園出場を決めた山田太郎の前に、地区予選で敗れた不知火と雲竜が突如現れた。
甲子園に集う俊英たちの噂を聞きつけ、山田への激励に訪れたのである。
そして、彼らの目的はそれにとどまらない。
なんと!山田のためにバッテイングピッチャーを買って出たのである。
「“鳴門の牙”の快速球は、俺たちのストレートの比にならない」と、通常のピッチャーマウンドよりも前で投げる不知火たち。
山田の前に苦杯を喫し、甲子園の土を踏めなかったにもかかわらず、プライドを捨てて山田のために投げる姿に熱いものがこみ上げてくる。

もちろん、“打倒山田”は自らの手で!という思いもあったことだろう。
何よりもライバルたちと山田太郎には、彼らにしか分からない絆が存在したように感じた。
それは、友情などという単純な言葉では片づけられない、白球に青春をかけた男たちならではのものだろう。

だが、ライバルたちをして、こうした行動を取らせるのが“ドカベン”山田太郎の魅力に違いない。

まとめ

ここまで「ドカベン」を絶賛してきた私だが、実は一番好きな野球漫画は「キャプテン」である。
ひたむきに白球を追いかける“キャプテン”谷口タカオの背中、そしてエンディングテーマ「ありがとう」の郷愁を誘うメロディ。
その世界観は、私にとって唯一無二である。

しかし、野球漫画の最高峰を問われれば「ドカベン」一択になるだろう。
山田太郎をはじめとする、殿間、岩鬼、里中ら明訓高校野球部のナインたち。
彼らがライバルたちと演じた熱き戦いは、時代を越えて人々の心に息づいている。

野球漫画の金字塔「ドカベン」。
その世界を見事なまでに描き切った水島新司こそ、誰よりも野球を愛した「野球狂」だった。


ドカベン DVD-BOX (初回生産限定)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする