これは、50歳にしてこれまで未経験の塾講師を志したアラフィフの雑感です。
講師として子ども達と関わる中で、気付いたことや所感を述べていこうと思います。
前回に引き続き、教え子との思い出を記します。
善良を絵に描いたような少年
今回紹介する中学3年の男の子は、小学生にも見間違うほど童顔で体格も小柄です。
れんれんと呼ばれる彼は残念ながら、学力面でも境界知能を疑わざるを得ない成績です。
ですが、分からないながらも一生懸命に取り組む姿勢は好感が持てました。
私がれんれんを好きなのは、善良を絵に描いたような佇まいと人柄です。
彼には門前の小僧やまん丸お月様のような雰囲気がありました。
その素朴な味わいは古き良き日本人、そして失われた日本の原風景を想起させずにいられません。
さながら、私が最も敬愛する「名優」笠智衆のような味わいです。
また、彼の最大の美徳は足ることを知る謙虚さにあります。
れんれんを見ていると、森鴎外の『高瀬舟』に出てくる主人公を思い出します。
ひとつエピソードを紹介しましょう。
れんれんは驚くべきことに、お小遣いをもらっていないのです。
普通、中学生ならば服やゲームなど買いたい物に溢れ、小遣い無しなど考えられません。
ですが、物欲がなく無駄遣いをしないこともあり、お年玉だけで十分だと言うではありませんか。
そうした足ることを知る質素な生き方が、得も言われぬ素朴さにつながっているのでしょう。
そして、その風貌に反しれんれんは周囲に一目置かれる徳を有していました。
彼の部活は先輩後輩の垣根が無いようで、後輩が平気で先輩を呼び捨てにしています。
事実、私もその光景を何度も目にしました。
ですが、れんれんは決して呼び捨てにされることはありません。
もちろん、怖いとか距離を置かれているという理由ではないでしょう。
むしろ、皆に慕われ好かれている様子でした。
これは、もはや生まれながらの人徳としか言いようがありません。
思い出
彼との付き合いは1年弱になります。
最初に受け持ったときは、少し悲しい気持ちになりました。
勉強が分からず、全てを諦めたような虚ろな目をしていたからです。
おそらく理解できなくてもそのまま授業を進められ、絶望的な気持ちでいたのでしょう。
そんな彼に私はゆっくりと話しかけ、予定よりも授業が進まなくても一向に構わないという態度で接しました。
こうして、その子のペースに合わせていくうちに、少しずつ目に光が戻って来たのです。
そして、いつの間にか雑談にも応じてくれるようになりました。
とはいえ、本当の意味で信頼関係を築けたのは、辞める2・3ヶ月前ぐらいでしょうか。
訥々とはいえ、楽しそうにする修学旅行の話に私も学生時代が甦りしました。
自由行動の中で食べたラーメンがとても美味しかったこと。
禅寺を見学した時に座禅を組んだこと。
そしてその晩、友達と誰が一番長く座禅を組んでいられるか競争した話は、その中学生ならぬ渋いセンスに思わず笑ってしまいました。
そして、決定打になったのは進路についての語らいです。
かねてから私も進学先を心配していましたが、本人は現状を踏まえ通信制高校を目指していたのです。
学校訪問に行ったことも伝えてくれ、その中で如何に学校の環境や雰囲気が優れているかを熱心に語っていました。
どうやら通信制高校とはいえ通学も可能なようで、週に何日かは学校に行くコースを選択するそうです。
私は彼の姿勢に心から感銘を受けたため、その決断を応援しました。
ただ単に周りに流され、進学する生徒が大半を占める中、たとえ偏差値は低くとも真剣に進路を考えている彼のマインドは称賛に値するからです。
口先だけでない心からの言葉に、彼は本当の意味で心を開いてくれたのでしょう。
以来、ケアレスミスをするたびに「間違えちゃった」と、はにかみながら笑顔を見せてくれるようになりました。
その屈託のない幼子のような笑顔に、私の乾いた心が癒されたことも数え切れません。
こういう他愛のないやり取りが、かけがえのない宝物のような時間でした。
しかし、そんな彼との別れは刻一刻と近づいていました。
なぜならば、通信制高校は入試がないため、受験勉強をする必要がないからです。
それでも、れんれんは真面目に授業を受けてくれました。
√の計算などは、普通の生徒よりもできるほどです。
最後の日も、これまでと変わることなく真摯に机に向かいます。
そして、とうとう授業が終わりました。
彼の退塾は私と塾長しか知らなかったこともあり、彼はひっそりと去ろうとします。
私は彼の後を追いかけ、見送ります。
「もしどこかで会ったら、無視しないで話しかけてね…」
その言葉に少しはにかんだ笑顔を見せた彼は車中の人となり、夜の帳に消えました。
最後に
前回紹介した優等生は、私を含め塾長・講師など多くの人に惜しまれながら退塾していきました。
最終のコマだったこともあり、文字通りそこにいる塾関係者全員に見送られながら…。
まさに大団円といえるでしょう。
それに比べ、れんれんを見送ったのは私ひとりです。
たしかに授業のコマとコマの間であり、時間的余裕はありません。
とはいえ、何とも寂しい風景でした。
謙虚な彼の佇まいも手伝って、より一層強く感じます。
一方で別れの刻をふたりで過ごせたことは、それはそれで良かったとも思います。
あのはにかんだ笑顔を最後に見ることができたのですから。