パリ五輪⑩ 「女子やり投げ」北口榛花 ~日本陸上史に残る偉業~





パリ五輪が閉幕してから早いもので、1ヶ月が経とうとしている。
柔道の阿部一二三や永瀬貴規のオリンピック連覇など、今大会は日本チームが躍進した大会となった。

中でも、特筆すべきは日本オリンピック史に残る偉業が達成されたことだろう。
それは「女子やり投げ」で北口榛花が金メダルを獲得したことである。
女子陸上競技でトラック及びフィールド種目史上、オリンピックでの金メダルはおろかメダルの戴冠は初となった。

金メダル獲得

北口は余裕をもって予選を通過する。
否が応でも期待が膨らんでいった。

オリンピック女王を目指すため、選ばれし12人と共に決勝に臨む北口榛花。
裂帛の気合で槍を投じると、一投目から65m80の大投擲を見せる。
高い軌道を描く彼女らしい槍だった。
いつもは後半強い北口だが、ここ一発の勝負強さが光る。

一般的にやり投げは向かい風が有利となる。
だが、高い角度の投擲を持ち味とする北口は、追い風の方が得意である。
高さがあるほど風の影響を受けやすく、槍が風に乗るからだ。
事実、彼女の槍は追い風仕様になっている。
試合開始前は向かい風だったが、競技が始まると無風状態になっていたことも幸したのかもしれない。

一方、有力選手たちは風の恩恵が無い中、なかなか記録を伸ばせない。
結局、このまま北口は逃げ切った。

試合を振り返ると、無風だったことはある意味で最も公平なコンディションと言えるだろう。
そして、改めて驚かされたのは北口の槍を投げる角度である。
ほかの選手が35度前後、中には31度台の選手もいる中、北口は38〜39度を常としていた。
私は一介の素人なので善悪は分からないが、彼女の投擲がいかに特徴的なのかを物語る。

終わってみれば、2位に2m近い差を付けての完勝であった。

北口榛花の道程

北口榛花は1998年3月16日に北海道で生を受ける。
幼少期から水泳に親しみ、その後バドミントンも始めた。

実は、やり投げを始めたのは高校生に入ってからだというのだから驚きだ。
北口の特徴は肩回りの柔軟性やしなやかな身体操作が挙げられるが、水泳やバドミントンで培った経験が生きているという。

高校時代からメキメキと頭角を現し、競技を始めてから僅か2年で世界ユースの頂点に立つ。
まさに、北口とやり投げは水魚の交わりといえるだろう。

そんな北口に暗雲がたちこめたのは大学2年の時だった。
指導を受けていたコーチが退任してしまったのである。
それからはコーチ不在で競技を続けるも、停滞する日々を送っていた。

2018年11月、フィンランドで行われた国際講習会での出会いが北口の運命を変えた。
“やり投げ大国”チェコでユースコーチをしていた、デービッド・セケラックにコーチを引き受けてもらえることになったのだ。

パリ五輪で解説を務めていた小山裕三は語る。

「英語圏の国に行って修練を積むのならまだ分かる。(日本人には修得が難しい母国語の)チェコに単身渡っての生活は本当に大変だったと思う」

事実、コーチのデービッド・セケラックも英語があまり堪能とはいえず、当初はコミュニケーションもスムーズにはいかなかった。
だが、北口は持ち前のバイタリティーでチェコ語を学びながら、コーチと2人3脚で技術を磨いていく。
また、コーチの妻や子どもとも徐々に交流を深め、今では家族ぐるみの付き合いだ。
こんなことも、北口の言動力になっているのかもしれない。

東京五輪では脇腹の負傷の影響で思うような結果を残せなかったが、翌年から北口の快進撃が始まる。
2022年の世界選手権では、陸上女子フィールド種目史上初となる銅メダルを獲得する。
そして、翌2023年の世界選手権では、これまた史上初となる金メダルに輝いた。
そのたびに北口榛花の笑顔が弾け、世界中の人々を魅了した。

私が特に素晴らしいと思ったのは、今回パリ五輪チャンピオンになったことをチェコの人々が喜んでくれていることである。
いかに、北口榛花が“やり投げ大国”チェコに受け入れられているかが窺える。

まとめ

パリ五輪陸上トラック・フィールド競技最終日は、他にも日本人の活躍が見られた。
女子やり投げの上田百寧も入賞こそ逃したが、自己ベストに11cmに迫る会心の投擲を見せた。
北口にばかり注目が集まったが、この大舞台での活躍は称賛に値する。

また、男子走高跳の赤松諒一は自己ベストを更新し、5位入賞を果たした。
本種目での入賞は1936年ベルリン五輪の矢田喜美雄以来となる快挙である。

しかし、何といっても北口榛花だろう。
世界選手権だけでなくオリンピックでも、陸上フィールド種目で日本女子史上初となるメダルを戴冠した。
それも1番輝く金メダルだ。

金メダルが決まった後、優勝者だけが鳴らすことのできる鐘が北口の手により会場に響き渡る。
その瞬間、これまでの苦労の全てが報われた。

涙する北口榛花の姿に、私も思わず感無量となる。
なぜならば、私の目の黒いうちに、こんな光景を目撃できるとは思っていなかったからだ。

北口榛花の偉業。
それは疑いようもなく、オリンピックの歴史に燦然と輝き続けるに違いない。

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