ノゲイラを“氷の拳”で圧倒したヒョードルは、プライド王者を戴冠する。
以後、プライドの玉座を狙う数々のチャレンジャーと相まみえた。
本稿では、エメリヤーエンコ・ヒョードルとライバル達の名勝負を紹介する。
1 “リアル・ドンキーコング”ケビン・ランデルマン戦
筋肉隆々、全身これバネの塊といえば、ケビン・ランデルマンをおいて他にいないだろう。
UFC王者にも輝いたランデルマンは、レスリング出身ということもあり、弾丸タックルからの強烈なパウンドを武器にしていた。
あのミルコも、一度は失神KO負けを喫した実力者なのである。
ちなみに、“リアル・ドンキーコング”の由来は、高い身体能力を生かした驚異的なジャンプ力から名付けられた。
ゴングが鳴ると、お互い慎重に様子を見る。
まず仕掛けたのはランデルマンだった。
高速タックルからヒョードルの懐に飛び込むと、テイクダウンに成功する。
腰の強いヒョードルにしては珍しく呆気なく倒された。
ランデルマンの怪力ぶりが窺える。
ヒョードルが“ドンキーコング”を跳ね除け立ち上がろうとするも、ランデルマンが素早くバックを取る。
すると、そのまま間髪入れずに“人類最強の男”を後方に向かって鋭角に投げ捨てた!
危険な角度で落下する恐怖のバックドロップが炸裂した瞬間である。
一瞬、ヒョードルの首が折れたのでは…と思うほどだった。
プロレスならいざ知らず、総合格闘技の戦いで、あそこまで綺麗に投げ切るなど見たことがない。
誰もが、ヒョードル危うしと思ったはずだ。
しかし、次の瞬間、何でもないように寝技に移りアームロックを極め、一本勝ちを収めるではないか。
試合時間にすると90秒余りの攻防であったが、非常に濃密な戦いであった。
それにしても、なぜヒョードルはノーダメージで済んだのだろうか。
それは落下する寸前に体を回転させ、左腕で受け身を取ったからである。
そのことにより、左腕で落下の衝撃を逃がしつつ、後頭部からではなく肩から落ちるよう態勢をコントロールしたのだ。
一瞬の出来事にもかかわらず、全く動じることなく完璧な対応を取ったエメリヤーエンコ・ヒョードル。
まさに冷静沈着を絵に描いたような“氷の皇帝”の面目躍如だろう。
2 “野獣”藤田和之戦
前評判では、圧倒的不利といわれていた藤田には秘策があった。
それは、ヒョードルは必ず右のパンチから入るので、それをガードして反撃するというものだ。
まさしく読み通り、ヒョードルが放った右をガードし、強烈な右フックをカウンター気味にクリーンヒットさせる“野獣”藤田。
ヒョードルの膝がガクンと沈み、あわやダウン寸前まで追い込まれる。
だが、ヒョードルは咄嗟の判断ですぐさま藤田に抱き付き、時間を稼いでダメージの回復を試みる。
いや、咄嗟の判断というよりも、格闘家としての本能がなせる業だったのかもしれない。
あのまま、ふらついた状態でパンチの距離にいては、藤田の剛腕が襲い掛かってくることが目に見えていたからである。
日本のリングにおいて、ヒョードルが最もピンチを迎えた瞬間であった。
しかし、藤田は決定的チャンスを攻めきれず、回復したヒョードルに最後はチョークスリーパーで切って落とされる。
もし、あそこでヒョードルを仕留めていたならば、歴史が変わったことだろう。
何とも惜しまれる、藤田和之の敗戦であった。
3 “肉弾魔人”ズール戦
身長2m体重185㎏という規格外の肉体を誇る“褐色の肉弾魔人”ズール。
ここまで36戦無敗に加え、プライド初参戦でも完勝し、その風貌は秘境アマゾンからの刺客と呼ぶにふさわしい気恐ろしいものであった。
実は、このズール。
ブラジル格闘技界では知らぬ者はいない父を持ち、この戦いに一族の誇りをかけてリングへと上がっていたのだ。
人類の頂に立つヒョードルといえども、これまで対戦したことのないタイプのズールは未知なる脅威といえる。
ゴングが鳴り、リング中央で対峙する両者。
身長182㎝体重も105㎏というヘビー級にしてはさほど大きくないヒョードルと比較すると、ズールの体のサイズ感が一層強調される。
私は、いくら尋常ならざる破壊力を秘めた“氷の拳”を持つヒョードルといえども、この体格差を前に打撃戦ではなく関節技を中心に戦うと予想していた。
ところが、ヒョードルは開始まもなく驚異の瞬発力で一気に踏み込むと、左フック一発で200㎏近い巨体をなぎ倒してしまったではないか。
仰向けになる褐色の巨体にサッカーボールキックやパウンドを打ち込むも、必死に起き上がるズール。
しかし、その刹那、右からのロシアンフックが唸りを上げてズールを襲った。
すると、またもや一撃で“肉弾魔人”を吹き飛ばし、リングに倒れ込むズールに“氷の拳”の雨あられを降らせ、あっという間もなくノックアウトしてしまう。
その間、わずか26秒。
あまりの強さに震撼する「さいたまスーパーアリーナ」。
まさに、人類最強の名に恥じぬエメリヤーエンコ・ヒョードルの戦慄のKO劇であった。