世界水泳2025「レデッキー vs マッキントッシュ」- 新旧女王の頂上決戦





連日、盛り上がりを見せる「世界水泳2025シンガポール」が閉幕した。
中でも7日目は、大会のハイライトともいえる大一番が行われた。
女子800メートル自由形である。

15歳でロンドン五輪を制して以来、本種目の世界大会で13年間負けなしの“生ける伝説”ケイティ・レデッキー。
そしてパリ五輪で3冠に輝き、今大会も4個の金メダルを獲得したサマー・マッキントッシュ。
ちょうど10歳違いの新旧女王対決は、世界中の競泳ファンが固唾を呑んで見守る歴史的一戦となった。

下馬評

今年で28歳を迎えたレデッキー。
さすがに衰えをみせてもおかしくない年齢だが、今年5月には自らが持つ800メートル自由形の世界記録を更新した。
“生ける伝説”と呼ばれて久しい彼女だが、錆びない鉄人の称号も似つかわしい。

パリ五輪に引き続き今大会でも400メートル自由形で対戦している両者だが、800メートル自由形では初顔合わせということもあり、間違いなく大会No.1の注目が集まった。

私はパリ五輪の男子200メートルバタフライでレオン・マルシャンに敗れたクリストフ・ミラークを思い出す。
あの絶対王者ミラークが敗れた衝撃…。
日の出の勢いの若者を返り討ちにすることの難しさを痛感した。
さらに、前述した400メートル自由形ではマッキントッシュが完勝していることも、レデッキーの苦戦を予感させる。
しかもマッキントッシュは今年6月、あわや世界記録かという8分5秒7のタイムを出している。
さすがのレデッキーも今回ばかりは、ひとり旅とはいかないだろう。

新旧女王、そして第3の刺客

新旧女王の一騎打ちかと思われた本種目。
しかし、そこに割って入ったのがラニ・パリスター(豪)だった。
このパリスター。
実は1500メートル自由形でも、レデッキーに真っ向勝負を挑んだ女傑なのである。

レースは序盤から4レーンを泳ぐレデッキーが先頭に立ち、イニシアチブを握る。
だが、3レーンのマッキントッシュ、5レーンのパリスターがレデッキーを挟撃するように差の無いタイムで追走する。
ちょうど折り返しとなる400メートルを過ぎても、上位3名は鍔ぜり合いを展開し、そのいずれもが世界記録ペースを上回ってきた。
さすがのレデッキーもライバルふたりにマークされ、いつもとは勝手が違うようにも見える。
600メートルのターンでようやく世界記録には遅れたが、3名によるデッドヒートは継続する。

そしてラスト100メートル、満を持してマッキントッシュが先頭に躍り出た。
だが、レデッキーも譲らない。
750メートルのターンで、トップを奪い返す。
3位のパリスターはレデッキーから0秒78差をつけられた。
ラスト50、新旧女王の壮絶な叩き合いが繰り広げられる中、キックを入れラストスパートへとギアを入れ換えるレデッキーにマッキントッシュは付いていけない。
勝負あったかと思った瞬間、“第3の刺客”パリスターがレデッキーに襲いかかる。
一度は並びかけたものの、ラスト15メートル“絶対女王”レデッキーが突き放し、ゴール板をタッチした。
8分05秒62は大会新記録である。
もちろん、会場はスタンディングオベーションで“生ける伝説”を祝福した。

結局マッキントッシュは力尽き、レデッキーから約1秒半遅れの3位でゴールした。
敗れたマッキントッシュは悔しさのあまり、なかなかプールから上がれない。
それだけ、この勝負に懸けていたのだろう。

それにしても、ラニ・パリスターの奮闘は素晴らしい。
戦前の予想も何のその、レデッキーに肉薄し、2強の一角を崩した泳ぎは称賛に値する。

そして、ケイティ・レデッキーである。
たしかに、今シーズンは世界記録を更新するなど、好調を伝えられていた。
しかし、800メートル自由形でも世界記録を視野に入れる18歳のニューヒロイン相手では、若さと勢いの違いも手伝って逆転劇が起きても驚けない。
にもかかわらず、レース序盤からライバルにプレッシャーをかけ続けられる中、マッキントッシュを競り落とし、パリスターの追撃を振り切った底力には恐れ入る。

これほどまでにハイレベルで、強烈な叩き合いを演じた女子長距離の一戦は記憶にない。
それほどまでに感銘を受けた3人の力泳だった。

まとめ

世界水泳23個目の金メダルを決めたレデッキーは、満面の笑みを浮かべながらコーチと抱擁する。
その横を無念の思いを噛みしめるマッキントッシュが通り過ぎた。
いつの時代も、勝者と敗者のコントラストは残酷だ。

思えば、コロナ禍で練習場所を確保することが困難を極める中、レデッキーは水中での感覚を失うことを危惧した。
諦めず探し続けると、ある親切な一家と出会う。
その結果、一家の裏庭にあるプールを借りることができたのだ。
どんな時もベストを尽くし、今できることに注力するレデッキーらしいエピソードではないか。
こうした絶え間ない努力の結晶が、今日のレデッキーを支えているのだろう。

追われる者の孤独と重圧を肩に隠して、世界の檜舞台で輝き続ける“生ける伝説”ケイティ・レデッキー。
世界中のスイマーが尊敬し憧れを抱くのも、むべなるかなである。

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