去る12月16日、サッカー旧ユーゴスラビア代表で活躍したシニシャ・ミハイロビッチが白血病のため逝去した。
享年53だった。
日本のファンの中には、監督としての姿を思い浮かべる方も多いかもしれない。
最近ではボローニャで富安健洋を、少し前には本田圭佑をACミランで指導した。
特に世界的有名クラブACミランの10番を、本田に与えたことは強烈な印象として残っている。
しかし、個人的には選手時代の思い出が甦る。
シニシャ・ミハイロビッチとは
シニシャ・ミハイロビッチは1969年2月20日生まれのサッカー選手である。
レッドスター・ベオグラードなど数々のクラブに在籍し、セリエAの名門ラツィオではスクデットも獲得している。
DFとしてチームの守備に貢献する一方、最もインパクトを与えたのが“悪魔の左足”と謳われたフリーキックであった。
セットプレーではチームの貴重な得点源として機能した。
現役引退後はボローニャを皮切りに、母国の代表チームやACミランなどの監督を歴任し、指導者としての道を歩んでいた。
東欧のブラジル
1990年代、旧ユーゴスラビア代表には多くの名選手が存在した。
日本でも馴染み深い“ピクシー”ドラガン・ストイコビッチ、“ジーニアス”デヤン・サビチェビッチなど枚挙に暇がない。
その創造性と華麗なテクニックに富んだプレーから、旧ユーゴスラビア代表は“東欧のブラジル”と称された。
そして、タレント揃いの代表チームにあって、不動のDFとして“東欧のブラジル”の一角を占めたのがシニシャ・ミハイロビッチだった。
しかし、そんなタレント軍団に試練が訪れる。
それは1990年のイタリアワールド杯でベスト8に躍進し、経験と実績を積んだ黄金世代が全盛期を迎える最中に起こった。
優勝候補に挙げられた1992年ヨーロッパ選手権、1994年アメリカワールド杯で出場停止の憂き目にあったのだ。
1990年代初め、旧ユーゴスラビア連邦では凄惨を極める内戦が勃発する。
まさに血で血を洗う民族浄化の嵐が吹き荒れ、ユーゴスラビア代表は国際舞台から爪弾きにされたのである。
特に、1992年のヨーロッパ選手権では大会直前で出場を取り消され、代替出場のデンマークが優勝を果たすなど、彼らの無念の思いが聞こえてくるようだった。
個人的に1990年代の代表チームでは、オランダとともにユーゴスラビアに最も惹かれた。
あの美しくスペクタルなサッカーを、檜舞台で観られなかったことが残念で仕方ない。
結局、ミハイロビッチのワールド杯出場は、1998年のフランス大会まで待たなければならなかった。
世界的フリーキックの名手
ミハイロビッチといえば、前述したようにフリーキックの名手として名を馳せた。
その豪脚から繰り出されるキックはスピード・威力・コントロールとも申し分なく、“悪魔の左足”と畏怖される。
ミハイロビッチはセリエAにおいて、フリーキックだけで28得点を挙げている。
これはセリエAの最多記録である。
また、フリーキックのみでハットトリックも達成した。
このことからも、いかにミハイロビッチが規格外なのかが理解できるだろう。
当時のフリーキックの名手といえば、ミハイロビッチの他では2名の選手を思い出す。
まずは、ブラジル代表のロベルト・カルロスである。
物理学者をして解析不能と言わしめた、左足から放たれる弾丸シュートは恐怖すら感じさせた。
2人目はレアル・マドリードとスペイン代表を牽引した“鋼鉄”フェルナンド・イエロである。
守備の要を担いながら、当時のスペイン代表の歴代最多ゴールを挙げていることからも、その威容が窺える。
日本での知名度やシュートの破壊力では、ロベルト・カルロスがNo.1であることに異論はない。
しかし、あくまでも私見だがコントロールを含めたシュートの精度も加味すると、イエロとともに双璧だったのがミハイロビッチだったように感じた。
少なくとも、ミハイロビッチが歴史に残るフリーキックの名手だったことは疑いようがない。
ミハイロビッチのフリーキックで鮮烈な記憶に残るのが、フランスワールド杯直前にスイスのローザンヌで行われた日本対ユーゴスラビアの国際Aマッチのことだった。
強豪ユーゴスラビア代表相手に、まずまずの戦いを見せる“侍ジャパン”。
だが、結果は1-0で惜敗する。
決勝ゴールとなったのが、ミハイロビッチのフリーキックだった。
ゴール正面から左足を振り抜くと、壁の横を弾丸ライナーがすり抜け、あっという間にゴールネットを揺らしたのである。
間違いなく、ワールドクラスを感じた瞬間だった。
まとめ
数多の母国選手と同様に、民族紛争でサッカー人生を翻弄されたシニシャ・ミハイロビッチ。
それにしても、53歳という死はあまりにも若すぎる…。
“悪魔の左足”を一閃し、幾度となく相手チームを震撼させた強烈かつ正確無比なフリーキック。
その弾道を、私は決して忘れることはないだろう。