本稿は、50歳にしてこれまで未経験の塾講師を志したアラフィフの雑感です。
いつもは、講師として子ども達と関わる中で感じたことを書いていますが、今回は名言について述べていこうと思います。
名言
名言。
それは人々に教訓を与え、ときに人生の羅針盤となります。
ことわざや故事成語など古今東西に共通したものもあれば、小説や漫画に登場する人物から紡ぎ出されたものも存在します。
私がこれらに対し感嘆するのは、一見すると何の脈絡もないように思えても、根底に流れる精神に類似性を見出せることにあります。
今回取り上げるのは「水は竹辺より流れ出でて冷ややかなり 風は花裏より過ぎ来たって香し」という禅語と、「線は、僕を描く」という漫画のテーマです。
禅の教えと名作漫画
“水は竹辺より流れ出でて冷ややかなり 風は花裏より過ぎ来たって香し”
これは前述したように、禅宗の教えにある禅語の一節です。
文意としては、「竹林の下を流れる水はことさらに冷たい。花々の中を吹き抜ける風はとても香り高い」といった感じでしょう。
つまり、“水が冷たく澄み切っているのは、竹林の下に存在する「天然のフィルター」地下水脈を流れてくるからだ。そして、風の香りがとても良いのは、美しく香しい花々の中を通ってきたからである”。
これを人の世に照らし合わせると、「竹林の下を流れる澄み切った湧き水や香り高き花のように、良い環境で暮らし、美しい魂をもって生きる人は清廉でとても感じが良い」という意味になります。
まさに、自然の有り様を人の世に当てはめた箴言だと感じます。
何事も一朝一夕にはいかず、その人が歩んできた人生そのものが映し出されていくのです。
また、「線は、僕を描く」も同様のテーマを内包し描かれます。
本作をひとことで言うならば、両親を不慮の事故で亡くし、抜け殻のようになっていた少年が恩師との出会いを通じ、水墨の世界を旅し恢復していく物語といえるでしょう。
まず私は、タイトルに違和感を覚えました。
通常ならば「線は、僕を描く」ではなく、“僕は、線を描く”となるはずです。
なぜならば、人が線を描くのですから。
ではなぜ、「線は、僕を描く」なのでしょうか。
水墨画に描かれた一筆一筆の線たち。
これらに、その人のたどってきた生き方がまるで写し鏡のように映し出されるからこそ、「線は、僕を描く」と言うのです。
その人の心の在り方が線に現れる。
その人のたどってきた生き方が、水墨画として描かれる。
これはまさに「水は竹辺より流れ出でて冷ややかなり 風は花裏より過ぎ来たって香し」と同根と言えるでしょう。