イチローと松井秀喜。
ご存知、平成のプロ野球で最も有名な選手である。
そのふたりが2024年9月に対談した。
実に20年ぶりとなる。
当時はふたりともまだ若く、メジャーリーガーとして活躍中ということもあり、どこかライバルとして意識している面があったように思う。
今回の対談はファンならずとも、さらに興味深いものとなる。
50歳という大台に乗ったふたりのスーパースターの話に思わず聞き入ってしまい、1時間半近い時間があっという間に過ぎていく。
互いに胸襟を開いたふたりは自然体で、何とも心地よかった。
対談の経緯
今回、対談が実現したのは東京ドームで行われるイチロー選抜vs高校女子選抜の試合に、松井秀喜がイチローに勧誘され参戦したことがきっかけであった。
試合は、初回いきなり高校女子選抜が3点先取したが、松井秀喜のホームランなどもありイチロー選抜が勝利する。
イチローはどうしても、松井と一緒にグラウンドで戦いという思いが募った。
一方で松井も、イチローが自身ゆかりの数字である51歳になることに加え、近々日米ともに殿堂入りを果たすことが有力視されるため、祝福に駆け付けた。
実は、対談の前にイチロー単独で、松井を誘った意図についてインタビューを受けていた。
イチローは饒舌に語る。
「久しぶりに会うのなら、やっぱりユニフォームを着て再会したい。自分は今年51歳で、松井は50歳。お互いにまだ動ける。何よりも僕自身が背番号55のユニフォーム姿を見てみたい。きっと東京ドームのジャイアンツファン、そして松井ファンも喜んでくれると思う。今回も参加する(松坂) 大輔がピッチャーで投げ、僕と松井が守る。考えるだけで幸せな気持ちになってしまう」
こうしてビッグ対談は実現した。
対談
1. 再会
高校女子選抜との試合の翌日、対談は始まった。
さすがのイチローも久しぶりの再会に緊張したという。
だが、実際に会ってみると、松井の明るい性格に驚いた。
さらに驚かされたのは、松井の格の高さである。
イチローは言う。
「だいたいの人達は箔を付けることに必死になるあまり、格が備わらない。それに引きかえ、この人は両方備わっていると感じた」
のっけから、興味深い話に引き込まれる。
たしかにイチローの言う通り、松井には落ち着きと堂々たる格式が備わっている。
松井曰く「ドラフト1位で巨人という球界の盟主に入団し、大リーグでも超名門のヤンキースに長年所属したことにより、格というようなものを求められてきた結果」だそうだ。
しかし、私にはそれだけとは思えない。
若い頃から松井は風格があるだけでなく、謙虚で穏健な態度に終始した。
宗教家である父の教えを守るうち、自然と人を攻撃したり、尊大な態度を取ったりすることはしなくなったのだろう。
そして、何よりも間近で長嶋茂雄を見てきたことにより、それを当たり前として受け入れることができたのである。
そうしたものがベースとなり、普段の生き方の積み重ねがあればこそ、現在の松井秀喜があるはずだ。
一方、松井もイチローに驚いたことがある。
実は、試合の前日もイチロー選抜の決起集会でふたりは会っていた。
松井を出迎えたとき、イチローの態度はこれまで松井が見たことが無いものだった。
「ヘイッ!ヒデキ マツイ!元気ィ~!?」
そのテンションの高さと歓迎ムードに、松井は心が軽くなる。
だからこそ、この対談は20年前よりも打ち解けて、虚心坦懐に胸の内を打ち明けることができたに違いない。
2. 高校女子選抜との試合
松井は高校女子選抜との対戦に臨むにあたり、ある決意を胸に秘めていた。
それは“真剣にプレーヤーとして野球に向き合うのは恐らくこれが最後になる”というものだった。
当然、松井はこの試合にかけるイチローの思いを知っていた。
イチローは高校女子野球の知名度を上げるため、そしてレベルの底上げを図るため、毎年この試合を開催する。
だからこそ、無様な真似はできないと。
試合前、スタンドからブラスバンドの応援が鳴り響き、否が応でも盛り上がる。
それもそのはず、ふたりが同じユニフォームを着てグラウンドに立つのは2004年のメジャーリーグのオールスター以来なのである。
松井が現役時代と同じセンターに入ると、イチローがノックを打つ。
これだけでも、一見の価値があるというものだ。
審判のプレイボールの掛け声を合図に試合が始まった。
投手は松坂の調整が間に合わず、イチローがマウンドに立つ。
すると、高校女子選抜の猛攻の前にいきなり3点を失った。
まさにつるべ打ちとはこのことだ。
さらに、イチロー選抜にアクシデントが襲う。
センターの大飛球を追った際、松井が肉離れを起こしてしまった。
出場が危ぶまれたが、治療をした後サードに守備位置を変え、最後までグラウンドに立ち続ける。
その姿に奮起したイチローは、それ以降得点を与えない。
そして、この日一番の見せ場がやってくる。
8回裏、打席に入るのは4番サード松井である。
カウント・ツーボールからの3球目、松井のバットが一閃し、現役時代を彷彿とさせる豪快なホームランがライトスタンドに飛び込んだ。
脚の踏ん張りが利かぬ中、50歳にしてあそこまで飛ばす松井はさすがである。
イチローも語っていたように、やはりモノが違う。
だが、松井の素晴らしいのはイチローのため、そしてファンのため最後まで出場したことだろう。
イチローも、そのことに心から感謝した。
イチローも投げては3失点に抑え完投勝利を飾り、打っては4安打と健在ぶりを見せつけた。
しかし敗れたとはいえ、両者が口をそろえるのは高校女子野球のレベルの高さである。
松井は初回の猛攻に本当に終わるのかと思ったと言い、投手経験のあるイチローはあれほど連打を浴びた記憶はないという。
確実に、女子野球のレベルは上がっている。
もちろん、イチローの貢献は少なくない。
明るい表情が爽やかな高校女子選抜のナイン達。
そして何よりもイチローと松井、ふたりのスーパースターの活躍に東京ドームは酔いしれた。
3. 現代野球に抱く危機感
松井がイチローに尋ねた。
「今のメジャーの試合を観ていて、ストレス溜まらないですか」
イチローは我が意を得たりとばかり頷いた。
「溜まる溜まる。めちゃめちゃ溜まるよ!まあ…退屈な野球よ。それぞれの役割とか全くないよね」
松井も同意する。
「打順の意味とか薄れちゃってますよね」
メジャーではここ最近、統計学的データを用いるあまり、選手個々が自ら頭を使って判断する機会が激減しているのだ。
イチローは力説する。
「とにかく目で見えるものしか評価しない。だけど、選手の気持ちメンタルは全くデータに反映されない。目で見えないことには大事なこといっぱいあるのになぁって…みんなデータに洗脳され、感性を失っていく。危ないよね、この流れは…」
そして言葉を継ぐ。
「日本は何年か遅れで(メジャーリーグ)を追っていくから、それまた怖い」
たしかに、データは重要である。
だが、それは人間が使いこなすために存在する。
プレーする人間がデータに使われては本末転倒だろう。
ある意味、データのみに頼って野球をするのは楽で簡単だ。
自分の頭を使わなくてよいのだから。
だが、選手の体温を感じない無機質な野球など、観ていて楽しいとは思えない。
そして、何よりも選手の野球脳が退化してしまうだろう。
ふたりの提言に考えさせられた。
まとめ
ふたりの対談を見て痛感したことがある。
それは、歳を重ねることも悪くないということだ。
きっとふたりが、素晴らしい年の取り方をしていることもあるのだろう。
彼らと同年代の私も濃淡はあれども、数え切れないぐらいの出会いがあった。
そうした人々と時を経て再会し、イチローと松井のように虚心坦懐に語り合えたなら、これほど幸せなことはないだろう。
イチローと松井秀喜の対談は、久しぶりに深い余韻が残る時間となった。
20年前の対談も興味深かったが、リラックスして語り合った今回の方が断然良い。
それは、松井がイチローに対し初めて心地良さを感じていたからだろう。
改めて、両名と同じ時代を生きられたことに感謝したい。